金曜日, 10月 15, 2010

山と工芸とセレブな海-サルディニアのいろいろ



後からjoinした友人たちが是非とも、コスタスメラルダに行きたいということで
別荘から内陸を北上して北東にある往復400キロの道のりを行く。


コスタスメラルダはアラブ人が開発したといわれるセレブがヴァカンスを過ごす町。





地図でいうと左下から右上に行く感じだ。
簡単に400キロといっても、サルディニアの道は悪い。 中央を走る高速道路以外はほとんど山道が多く、大変なので途中ヌオロNuoro近くにあるサンルソッジョSantulussugiuに2泊した。

北上する途中、からすみの町カ
ブラスのすぐ側にある突端にあるタロスによる。

ここにはギリシア時代の遺跡が残されており、素晴らしい海と遺跡が美しい。


この日はかなりの強風ですごい白波が見えたが、岬をはさんだ反対側はおだやかな海。


すごいコントラストだ。



突端にある場所なので、対スペインに向けての要所だったので発展したのだろうか?
素晴らしい遺跡が残されていた。


そして、小高い
丘の上にある小さな石の町サンルソッジョSantulussugiuに到着。

サルディニアはイタリアで一番羊の多い場所らしく、羊飼いが持つ万能ナイフも工芸として有名だ。

ここはそんなナイフの工房があったり、ワイン畑やアグリツーリズモもある。


今までのどこの惑星?みたいな海辺の雰囲気とはま
た違う。 小道が迷路のようになっていて中世の町に迷いこんだような気になる。


こちらでは素
晴らしいアグリツーリズモにお邪魔して心のこもった素晴らしい手料理とたくさんの動物を見た。

の町からさらに上に登り、山の頂上に素敵な家と動物達が住むところだ。

アグリツーリズモのオーナーさんがホテルに迎えにきてくださったのが10時半。

で、食事が終わったのが17時ごろだっただろうか。
イタリア的な時間の流れと暖かいホスピタリティの感激の食事だった。

自家製のチーズや生ハム、近くで釣ったという大きな鯛やお肉の煮込み。




私達の他にオーナーの方の親戚や友人などが集まり、家族を含めて総勢20人以上だったと思うが、みんなで食べる食事はとてもおいしかった。

おいしくいただくには、やはりみんなで笑いながらしゃべりながら食べるのが一番。







それから、ヌラーゲという石で作られた遺跡を見た。
サルディニアには大、小あわせて7,8000はあるという先史時代の石の建造物だ。


石でできた家だったのか?何の
ために作られたのかはよくわかっていないらしいが、サルディニアを車で走っているとそこここにたくさんある。


草原の風景に石でできたヌラーゲを見ると、サルディニアの風景だということになる。
バルミニにあるヌラーゲは巨大で、世界遺産にもなっているそうだ。




翌日は途中ヌオロの木工細工の職人さんの工房を覗いた。 今回サルディニアに来るにあたり、日本でガイドブックを探したのだがほとんど見当たらず。 でも素敵な写真がいっぱいの旅行記をみつけた。

「サルデーニャ!」


http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%87%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%A3%EF%BC%81-%E6%B1%A0%E7%94%B0-%E5%8C%A1%E5%85%8B/dp/4062158418


この本にはたくさんの職人さんが紹介されており、こちらの本に載っていた工房だ。


サルディニアではたくさんのコルクの木があり、コルクで作ったお皿を普通に使う。
油や水をはじくので重宝するそうである。見た目も木そのままで素朴で素敵なので私もひとつ購入した。




そしていよいよ、有名なコスタスメラルダへ。


ここはずいぶん前、セレブな
町とはわからず、ローマからフェリーで一度行ったことがあり、 本当に美しいビーチに感動した覚えたある。

やはり車の道がないので、小さな単線の電車で行き駅を下りた目の前がビーチだった。
確かカーラ・サビーナCala Sabinaだったと思う。

でも今回はそんなところへ行く時間もなく、有名なポルトチェルボPorto Cervoに行った。





さすがにすごい。マリーナにはヨットがた
くさんあり、沖ではちょうど「ロレックスカップ」と言って大きなヨットの大会も開かれていた。

してモールにはブランドの数々・・・ きれいに作られた街だが、やっぱり自然そのままの美しい風景のほうがいいなとつくづく思った。

この辺りの海はブルーがはっきりしているからなのか、光に当たるとエメラルド色になるからだろうか?
コスタ・スメラルダと名付けられたのは。




この日はちょっとした都会気分を味わうこととなった。



火曜日, 10月 12, 2010

サルディニアってどこ?


9月にサルディニアに行ってきました!

サルディニアSardegnaというのは、イタリア地中海に浮かぶ島。

島といってもコルシカ島のすぐ下にある四国と同じくらいの大きさの島なので、島と
いう実感はあまりない。

日本人には「「ナポレオンが流された!」ということで
、コルシカ島のほうが有名かもしれない。



サルディニアは、イタリア人が憧れる真っ青な海と自然がいっぱいの島。



地中海の真ん中に浮かぶ島なので、ローマ文化というよりは、地中海文明の影響を受けつつ、スペインの支配だったりしたこともあり、土着のサルディニア人の人たちは、イタリアで見る人とちょっと違う。

そして、素晴らしい工芸(金細工、編み籠、木彫り、陶器、織物 etc)があり、今でも様々な面白いお祭りが行われているので、素晴らしい民族衣装を着た人を見たりできる。ビーチリゾートだけではなく、他にもたくさん面白いものがあるわけだ。

そして何よりも手付かずの自然とサルディニア独特のおいしい食事も。


今回は友人の別荘でお世話になったのでジェノバから夜行フェリーでま
ず北端のポルトトーレスという港に着いた。そして一路別荘の近くの町、南西の位置するオリスターノOristanoへ向かった。

そしてすぐ近くにあるカブラスCabrasで当面の買い物をしたりしたのだが、ここは海辺の町、そしてからすみがとても有名なのだ。




からすみといえば、日本ではとても高価でなかなか手が出せない高級品だが、こちらではボッタルガといって主にパスタにかけたりして食されている。
お値段も手ごろなので、いくつか購入。

この日の夜は、早速生パスタのラヴィオリにボッタルガをふりかけたパスタをいただいた。


友人の別荘は、辺境といっては失礼なのだが、とても不便な分とても静かで落ち着いたところ。
8月のヴァカンスシーズンも過ぎ、人も多くなくゆっくり過ごせる。
また、海を眺める大きなテラスがあり、これが素晴らしい。

もちろん食事はここで
食べるし、夕日を眺めたり、星空を見ることができる。


そして、海も素晴らしいのだが、近くにはヨーロッパでは一番大きいといわれる砂漠(砂丘?)がある。
夕日の頃に出かけていったのだが、「ここはどこ?」という感じ。






















なんだか他の星に来たような、または「猿の惑星」みたいに未来へタイムトリップ?したような気分。

素晴らしい夕日を満喫した。





水曜日, 7月 14, 2010

東リヴィエラの海 - ジェノバとポルトフィーノ



いよいよイタリアはヴァカンスシーズンに突入。
週末ともなると
海に行く人で道路も電車も人でいっぱいになる。

近はぎぎらした太陽が照りつけ、暑い日が多いけれど、日本の蒸し暑さに比べたらまだいい

とはい
え、イタリア人にとってはかなり暑いらしく、挨拶といえば必ず「めちゃくちゃ暑いね!」という感じ。





こんな時はすぐにでも海かプールに飛び込みたい!
ということで、リグーリアの町を旅してきました。
そう、あの有名なポルトフィーノにも行って来ました~


ジェノバとサンタ・マルガリータ・リグレとポルトフィーノ。


ジェノバといえば、
コロンブスとサルサ・ジェノベーゼ。バジルとにんにくと松の実の緑色のソースだ。もちろん新鮮な魚をたくさん置いてあるマーケットもある。

ここは大きな港町なのでたくさんの人がいるし、かつての繁栄を偲ばせる古い町並みが残っている。昔の貴族の館が保存されている旧市街地は世界遺産にも指定されている。


そういえば、「母を訪ねて三千里」のマルコもジェノバからはるばるアルゼンチンまで旅したんだっけ?いろんな所に行ける港町というわけだ。
ちなみにサルディニアに向かう船もここから出ている。





サンタ・マル
ガリータ・リグレはジェノバから電車で45分くらいの海岸沿いの町だ。

ちなみに私達は電車で行くはずが、この日はストのため電車はまったく動いていなかった。 久々のショーペロである。
なんか駅が空いてるな~とは思っていたのだが・・
前日の9時に解決したということだったが、翌日はだめということ。
仕方がないので、その場にいた人たちとタクシーをシェアして向かうこととなった。



ここはあまり日本の人には知られていないが、イタリアではとても有名でたくさんの別荘とホテルが立ち並ぶ。ポルトフィーノには、ここから船かバスで向かうことになる。
ポルトフィーノがお金持ちのリゾートとすれば、ここは庶民のということになるだろうか。 も、シーズンなのでホテルはいっぱいだし、なかなかいいお値段だ。

またたくさんの外国人もヴァカンスを楽しんでいるようで、英語がよく聞こえてきた。





まずはポルトフィーノに船で向かう。 ポルトフィーノは小さな入り江になっていて、本当に小さくてあっという間に見れてしまう。 15分くらいで着いてしまうのだが、船でゆっくりと港に入るのは素敵だ。


丘の上には有名なホテルスプレンディドsplendidoが見える。
ここは世界のセレブが泊まるホテルで、1泊1000ユーロくらいだろうか?


港の端にはへばりつくようにして建っている色とりどりの建
物が見えて美しい。

そして港の対岸が半島になっていて、そこを登ると小さなお城がある。
急な坂道なので、暑い昼間に歩くとなかなかしんどい思いをしたが、そこから眺める景色は絶景 だった。

素晴らしいの一
言。「Che splendido !!」 (素晴らしいという意味です)

泊まるのは難しいので、ちょっと船で遊びに行くのにちょうどいい場所だ。







ただ昼間に移
動したのでかなり暑くて消耗した感じなので、あとはホテルに戻り、プールでゆっくりした。

目の前は海で、たくさんのビーチパラソルとヨットが見える。

ヨーロッパの夏は夜が長い。
10時を過ぎないとなかなか暗くならないので、まだまだゆっくりできるとい
う感じ。
ディナーも8時半くらいからだろうか。その前にアペリティーボといって7時くらいからバールで一杯飲んでから食事に向かうのが普通だ。

この日は久々の魚のグリルとボンゴレと白ワインを堪能した。



今回は短い滞在だったので、今度はゆっくり行きたいなあ・・


時間があれば、もう少し南に下るとチンクエテッレcinqueterreという小さな村が5つあり、そこも世界遺産に指定されている素晴らしいところがある。

その辺も見ながらゆっくり行けるといいなあともう次回を夢見ている私・・



火曜日, 6月 22, 2010

ピエモンテワインの村々




ピエモンテワインの村々 - ランゲ、バローロ、バルバレスコ、ラモーラ


緑萌えるピエモンテワインの村々を訪ねた。
ワインというと収穫の頃、葡萄の葉が黄色く色づく秋シーズンはもちろんだが、新しい緑の葉が生え、一面が緑の絨毯の頃もとても美しい。







バラや藤の花が咲き、辺りは一面若々しい緑。
この辺りは秋のシーズンはにぎやかになるので、素敵な宿や古城ホテルもたくさんある。

トリノから1時間ちょっとでいける。







バローロはさすがに有名で、とてもきれいな村だ。
ワインミュージアムがあって、いろいろなワインを一度に見ることもできる。


バルバレスコでは、マルケジドグレジイMarchesi Di Gresy というワイナリーを訪ね、ワインテイスティングをした。とてもきれいなワイナリーで英語も話せる方が対応してくれてとても親切だ。
日本にも何回か来たことがあるとかで、日本の甲州のワインも見せてくれた。


このテイスティングには一緒にオーストラリアから来た夫婦やドイツからキャンピングカーでワインを買いに来たというカップルも。
このカップルはなんでも先週お母さんがこのワイナリーに来てとてもよかったから、お母さんのお勧めできたという。キャンピングカーでワインカントリーを廻るなんてとても素敵だ。

ここでは赤、白たくさんのワインをテイスティングさせてもらった。
バルバレスコというと赤のイメージが強いけれど、白のソーヴィニオンブランはとてもおいしいかったし、リーズナブルだった。
(ちなみにこちらのワインはENOTECAで買えるそうだ)

そうそう、バルバレスコには有名な「GAJA」がある。




そして、最高に素敵だったのはラモーラの村。


とても小さくて小高い丘の上にある小さな村なのだが、下からこの村を見ても素敵だし、丘からワイン畑を見てもまた素晴らしい。







ここにある「BOVIO

素晴らしい眺めとお料理にワイン。店の内装も素敵だったし、サービスもとてもよい。
そして何より、リーズナブルでおいしかった~
もちろんワインメニューは10センチくらいあっただろうか、分厚い。


ここはまた来たいなと本当に思える場所だった。
こじんまりしたホテルもたくさんありそうなので、1泊してディナーを食べるのもよさそうだ。


秋には白トリュフの町、アルバもすぐ近くにある。
もちろん秋には素晴らしいワインとトリュフ・・・

とにかく素晴らしいところなのは間違いない。





←  ランゲ地方、カナーレにあるミシュランひとつ星のレストラン

All' Enoteca

金曜日, 5月 28, 2010

祝 インテルミラノ ヨーロッパチャンピオンリーグ優勝


ちょっと遅い感動報告ですが、インテルミラノがバイエルンミュンヘンを下して、ヨーロッパチャンピオンになりました~!

ただいまトリノ近郊に滞在中のため、この45年ぶりの優勝をイタリアで見ることができた。

(写真に映っている人は、85年のインテルの世界一のキーパーのゼンガ。隣はインテルの色、Nellazula)



私はあんまりサッカーのことは詳しくないけれど、私の年齢以上、久方ぶりの優勝にミラノはすごいことに。有名なドゥオモ前は大興奮の人々でいっぱい。

試合自体はマドリードで行われたので、試合が終わったのは10時半くらいかな?

選手達はすぐに専用機に乗って、ミラノマルマルペンサ空港に向かい、朝の5時ぐらいに到着。

そのまま3万人のサポーターが待つ、スタジアムに直行。



まあ、すごい歓喜の渦、渦・・という感じで、ほんとに嬉しそうだった。


この優勝は、なんでも監督のモウリーニョの力がすごいらしく、連日彼のことばかり報道されていたけれど、次はレアルに行くことが決まっているそう。サポーター達にとっては次の監督が気なるところなのだ。

イタリアに来て本場のサッカーを見て思うことは、やっぱり闘争心というかみんなゴールを攻める攻める動きの早いサッカーなので、よくわからない私でも面白い!と。

日本ではあまり面白いと思ったことはなかったので。



私の友人の家はインテルの大ファン。

なので、10時半に試合が終わるとすぐにフェスタに直行。




夜半までお祝いをしていた。





ここは田舎町なので普段夜はひっそりしているのだが、この日は別で大人も子供も老人もみんな町にでて歩いている。

でもここトリノはユヴェントスのホームなので、インテルファンはめちゃくちゃ少数派なのだ。



なのでお祝いムードは一部だけだというのが面白い。

これも都市国家が旺盛を極め、最近統一したイタリアらしいというのか、地方色が強いんだなあと。



ワールドカップではイタリア国を応援するのだと思うが、ヨーロッパリーグでは自分の好きなチームを応援するのが普通なのだ。


さすが、カルチョの国。


火曜日, 5月 18, 2010

F1 モナコグランプリ


とうとう、夢のというかF1モナコグランプリを見に行った。


それも、たまたま友人がモナコ在住、それもファーストコーナーにあるマンションの2階にお住まいの方から招待されたので一緒に行かせてもらったのだ。



私はというとバブル世代、学生時代から古館のナレーションで、セナやプロストが全盛期、眠い目をこすりながらF1中継を見ていたものだった。とはいえ、最近はあまり見ることもなかったのが、今回は素晴らしい機会を得たわけ。
シューマッハがまたがんばってるのもすごい!


videoモナコグランプリといえば、町の中にコースが設定されているので、コースの上のマンションやマリーナに停泊中のクルーザーなどから見ることができる。


私たちはイタリアにいたので、まずはリグーリアにあるアラシオというリゾート地に1泊してから、電車でモナコに入った。国境の町Ventimilliaまでは1時間半くらいで、そこからモナコまで30分というところ。


コースの際にある友人宅に行くには住人用のパスが必要だ。

レース開催中は各ゲートがあり、誰でもいける訳ではない。


我々が着いたのは11時くらいなのだが、まずF3000のレースがちょうど開催されていて、コース横の道を歩くと耳を劈くすごい音。だんだんエキサイトしてくる。






お宅を訪問するとまずはシャンパンをいただきながら、レース場とマリーナを一望できるベランダにいると対岸にはちょうどモナコの王宮が見えた。


そして、フォアグラとソーテルヌをいただいた後は、ラザニアで腹ごしらえ。



赤ワインはシャトーマルゴーのマグナムが置いてある。

ムッシュウとマダムの歓待に感激しながら、F1がスタートする14時になった。



すごい音である。

このマンションからだとちょうど真下に車が走っているのが見える。

とにかく、耳栓をしないとすごいし、隣の人とは会話ができないくらいだ。

このレース60周するのだが、終わったのは16時。
ちょうど2時間くらいか。

真近で見ると過酷なレースだということがわかった。
すごいスピードで2時間走るわけだから。


日本人ドライバーは残念ながら途中リタイヤしていた。

そして優勝は予選通りのウェーバーだった。

とにかく、素晴らしくセレブな体験だったと思うが、皆さん気さくで楽しく過ごすことができた。

つい日本人はあまりにかけ離れた世界だと想像しにくいが、意外に気軽で落ち着いているんだと思った。

帰りの電車はやはり駅で交通整理があったのでしばらく待ったりたのだが、日本の花火大会に比べたらぜんぜん、あっという間に電車に乗れたのでほっとした。

モンテカルロはとても美しく、きらきらして、ゴージャスな町だ。

なかなか行く機会はなさそうだったので、この機会を与えてくれた友人に感謝感謝。

お天気にも恵まれて素晴らしい思い出になった。

水曜日, 3月 31, 2010

チョコチョコ大好き - トリノの町


今回のイタリア旅行は北。
それも2月の北イタリア、トリノを中心に滞在した。


ずーとずーとイタリア大好きだった私。
学生の頃からたくさんのイタリアの都市を訪問したが、旅行の大半は南が多かった。






学生時代は安い旅行が多いので、どうしても冬、チケットが安い時期にヨーロッパに行くことになる。
するとまた、どうしてもあのイタリアの暖かい太陽を見たくなる、という理由となんとなく古代の遺跡がごろごろ転がっているローマが好き、みたいなところがあったのだ。

北といえばミラノとヴェネチアくらいだろうか?フィレンツェは北?ではないか。



今回はトリノ。

トリノといえば、オリンピックとしか想像出来ない人も多いと思うが、とても素晴らしい町だ。
もともとイタリア統一したときの王様がいた町なので、その頃はイタリアの首都でもあったという。
町は、パリの街に来たような気がするぐらい美しい建物が並ぶ。
バロック様式の回廊があり、広場があり王宮がある。

地図で見ると、ミラノの左側で(電車だと2時間半くらい)、フランスとスイスの国境に面している。
昔はこの辺はみんな同じ地域だったのだろうか。


フィアットの本社もあることからかなり大きな町である。

そして、パリのクレープ屋さんに行ったら必ず置いてあるチョコレートスプレッド、ヌテラの会社、フェレロもある。イタリアの中では、世界的に有名な会社がある産業都市でもある。
エルメスやブルガリなどのブランドショップも軒を連ねる。



そう、トリノはピエモンテ県の首都。ピエモンテでは、ヘーゼルナッツが名産らしくとっても有名なので、チョコレートもとっても有名なのである。





何百年前もから続く老舗のチョコレートショップもたくさんあるし、前出のフェレロのヌテラも、バッチという中に占いが入っているチョコもみんなトリノの産物なのである。

トリノで一番有名なチョコといえば、ヘーゼルナッツを練りこんだGianduiottiジャンデュイオッティというチョコ。滑らかでとってもおいしい。


チョコホリックな私としては、嬉しい。

普通のバールでいただくチョコラータもめちゃくちゃ濃厚。






私は1858年から続くというBARATTI&MILANOというカフェに入って、濃厚なチョコレートトルテをいただいた。もちろん、その辺のカフェよりはお値段は高いけれどとってもおいしい。





また、町を歩くと小さな小道がたくさんあり、おいしいそうなデリカテッセンもたくさん。

どうもトリノという町は美食の町でもあるみたいだ。



トリノの周りには、スローフード発祥のBraブラという町やトリュフで有名なAlbaアルバ、バローロやバルバレスコといった素晴らしいワインの産地もある。そしてその先にはフランスのニースがある。

なるほど、おいしいものが揃っているわけだと納得。


友人の1人が言っていたが、日本人にはあの熱い熱い南イタリアのラテン気質な接し方より、北イタリアのほうが合っているかも?と。

とはいえ、ここでもサッカー談義で熱くなっているおじさま達を見ても、おしゃべりに夢中のイタリア人を見ても、本当に人が大好きなんだ!と思う。

歩いているとそこここでおしゃべりしている。


イタリア語ではchiacchiere。 この調子では、なかなか用事も終わらないのではないか?とは思うけれど、私も大好き。楽しいし、また来たくなる。

どこにいても、少し話したり、笑って会釈するだけでも素敵なことではないかと思う。

たぶんヨーロピアンな時間の使い方なのだと思う。せっかちな人はこういうのに合うと、いらいらしてくるかもしれない。

でも時間に追われるより、こういう生き方がいいな。

piano piano


ゆっくりね。

月曜日, 3月 15, 2010

お伊勢さん&今年のバースデーはイタリア!



久々のブログ。


最近はかなりアップがにぶってなかなか書けなくて・・




もちろん毎年恒例の伊勢参りも行ってきました。






今回は御垣内参拝といって、一般の方がお参りする前にある柵をひとつ越えてお参りする正式参拝をさせてもらった。


神宮の神職さんのご案内で、白い玉石の上をしずしずと進みながら参拝。

いつもはジーパンで行ったりしていたのが、やはりジャケットを着て、静かにお参り。

静かな朝に心を込めてお参りするというのは、感動的だった。



たぶん神社にかかわらずどんなところでも、例えば雄大な自然を目にした時とかなどにも体験するかもしれない、大きくて荘厳な感じを受けた。

この厳かな体験は朝一番で行った外宮さんでのこと。


内宮さんでは、全国から集まる伊勢神宮の崇敬会の団体さんで埋め尽くされていたので、なかなか大変だった。とはいえ、参りは無事できたことに感謝。




そして2月には毎年恒例(当たり前!)のお誕生日を迎え、ひとつ年を重ねたところ。



今年はプレバースデーパーティを、中目黒にできたda isa という新しいピッツェリアでしてもらいました~

このお店のピッツァ職人兼社長さんの山本さんは、3年連続世界ピッツァ選手権で優勝というすごい方。そしてお店もナポリにあるpizzeriaそのままという感じで、旅行気分が味わえるお店なのでまたすぐ行きたい!という感じ。



バースデーケーキもピッツァ!



ナポリ名物のレモンのパスタも美味!



とても気軽なので、またまた行きたいお店。
http://www.da-isa.jp/index.html





ほんとのバースデーはイタリアでお祝いしてもらい、またまた感動。



イタリアはトリノ(北イタリアにある大きな街、フィアットの本社があるので有名だけど、日本ではあまり知られていないよね~)の郊外にあるpiossascoという町にちょうど滞在していたので、その町のRistorante Obertoに行ってお祝いしてもらったのです~






といっても、そこは友人おお宅なのだけれど、マンマの料理がめちゃくちゃおいしい。






Oberto家はお肉屋さんなので、素晴らしい食材が入るのと、マンマが私のために手の込んだ料理を作ってくれたのです。


そしてOberto家の素晴らしい家族のみんなからお祝いしてもらったのだからとても嬉しい。






それからシャンパンとケーキはピエモンテのguido castagnaのチョコレートケーキ。(トップの写真ご参照。ピスタッチオのチョコレートケーキ)
これは現地でした食べれないものだから、とても貴重なもの。

最近はなんでも空輸して東京で食べれると思うが、こういうケーキはやはり現地でしか味わえないもの。
トリノの辺りはヘーゼルナッツが名産で、それを混ぜ込んだチョコレートがめちゃくちゃ有名。

実はチョコレートがとっても有名な場所なのでした。
(長くなるのでチョコの話はまた今度)





ほんとにおいしかった!





とてもイタリアずいていた今年はますますイタリアになりそうな気配。



イタリア滞在記はまた近いうちにアップします~




乞うご期待

金曜日, 1月 15, 2010

お正月の風景-チェーザレ・ボルジアとスティング


年末からずっと忙しい日が続いたのでなかなかブログを書く時間も見当たらず・・・

新年を迎えた。


今年のお正月は真っ白な雪の世界が広がる蓼科で、大人だけで過ごした。


いつもなら子供たちがいてわいわいと賑やかなのであるが、今回はにワインやチーズを食べて楽しんだ。



短いお正月のトッピクをふたつ。

蓼科は雪が積もり、ちょうど、新しいスティングのアルバム、「If on a winter night」にぴったりのsituationだ。




http://www.youtube.com/watch?v=gFAleFnbRgw

冬の夜をテーマにトスカーナの家にクラッシックのミュージシャンを集めて作られたそうだが、とても素敵なのだ。クリスマスソングと言っても少し変わったケルトっぽいものや賛美歌、子守唄が収めれていて冬の夜に聞くにはぴったり。

映像を見てもらうとわかるが、冬の神秘性や怖さ、美しさを表現した歌が多い。特にジャケットの写真は蓼科の風景にそっくりだ。

私は蓼科の冬、誰もいないしんとした雪の道を歩くと心が清清しくなるのをいつも感じる。最も好きな時間である。



あとはもうひとつ、前から読もう読もうと思っていた塩野七生の本「チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷」を読んだ。塩野七生の本は歴史小説というのか伝記というか、文体が少々読み辛いのとイタリア人の人の名前と場所がたくさん出てくるのでちょっと大変だったけれど、面白ろかった。


主人公のチェーザレ・ボルジアは、池田理代子(ベルバラの人)が漫画を描いてくれたら嬉しいのに!というぐらい、めちゃくちゃかっこいい人だったそう。

ルネッサンス期のイタリアに生まれた人だが、父親はローマ法王アレッサンドロ6世なので法王の庶子である。もちろん法王だから結婚できないので庶子ということなのだが、妹に有名なルクレチア・ボルジアがいる。

ルクレチアは美しい人で男の人を次々と誘惑したとかで有名だが、(確か塩野七生の「世界の悪女~」という本に載っていたかと思う)、この本の中ではチェーザレの野心のために政略結婚を何度もさせられて可哀想だなあという印象。


古代にはローマ帝国として栄えた国だったイタリアだが、当時は都市国家がひしめきあい、その上に法王領もあるという混沌とした時代である。カソリック中心のヨーロッパは建前としては法王を立ててはいるし、法王としての権限もあるけれど、フランス、スペインが侵略してきたり、ドイツからの介入があったりとまさに戦国時代。

ボルジア家も元はスペインにいた家系であるというから、法王になることがその当時の建前の権力をにぎる大切なことだったということがわかる。今でももちろんイタリア人だけが法王になるわけではないが(カソリックの長なのだから)、当時のヨーロッパは大陸全体で奪ったり、奪い合ったり、結婚してつながったり、殺されたりと大変な時代だということが伺える。


その法王の息子として生まれたチェーザレは冷酷な人物として描かれることが多いそうだが、最初にイタリア統一を目指し、マキアヴェリ(君主論を書いた人)のモデルにもなったという君主としての風格のある人物。

最後は夢破れて31歳で亡くなるのだが、すごい人生である。


結局イタリアは近代に至るまで統一されることはなかったのだけれど、彼がうまく生き延びていれば歴史は変わったのかもしれない。

この本のお陰で、北、中イタリアの町の名前や地理関係は勉強になったということと、中世の頃に比べたら、今は過酷ではなくてずいぶん良い時代になったんだなと思った。(いろいろと問題は抱えているとはいえ) 時代の進化を感じた。


でもローマにある大好きなサンタジェロ城にはボルジアの間という部屋があり、ヴァチカンと地下でつながっていたということや、いろんな人物が監禁されていたところでもあるということがわかり、やはり中世のどろどろを感じさせる場所だったのである。


エンジェルの城なのに・・