日曜日, 12月 16, 2007

プレクリスマスin蓼科




週末に両親のいる蓼科に行った。

金曜の夜は、両親の通う富士見教会が毎年主宰しているクリスマスコンサートを聞きに小淵沢にあるフィリア美術館に行った。

少し時間があったので、近くのリゾナーレ小淵沢というリゾートホテルに行くとそこはおとぎの国のようなクリスマスのイルミネーションで飾られていた。


東京では見慣れているライトアップだが、こちらもかなりがんばっている。
たくさんのランタンを地面におき、塔には網目状のライトをつけているらしく塔全部が光り美しかった。






クリスマスコンサートは今仲幸雄さんのバリトンによる賛美歌とパイプオルガンが素晴らしかった。今仲さんはドイツのバッハコンクール(1980年)で日本人として初めて優勝された方で、はりのある美しい声の方だった。


実は父がくれたCDで何度か聞いていたのだが、今回初めてライブで聴くことが出来たわけである。



今仲さんのCDの中に「感謝せん」という賛美歌があるが、私も大好きな曲のひとつだがいつも最後に歌ってくださるそうだ。そしてこの日も歌ってくださり生で聞くことができとても感動した。




翌日の夜は、一足早くクリスマスディナーということで家の近くにある忘我亭という創作フレンチのレストランにお邪魔した。


レストランといっても一軒家で一日4組しかとらないようなお店。そこはレストランだけではなく、ギャラリーにもなっているので素敵な器やアートが飾られていてとても居心地がいい。


また一日一組は泊まることができるゲストルームもあり、アートが飾られた素敵な部屋で眠ることができる。


お食事もアーティストが作った作品で出してくれる。



オーナーシェフが作る創作フレンチは、とてもヘルシーで素敵な取り合わせで考えられた野菜中心のおいしいお皿が出てくる。というのは、こちらのお店は基本的にすべてシェフのお任せだから。


フレンチだけではなく、少しエスニックな感じのものがあったり、昔の日本でも食べてたのではないかというヤギの乳でできた醍醐というクリームを使ってみたりと、とても想像力にあふれている。


そしてリゾートでは大変珍しいそうだが、彼がこだわり是非にと購入しているティエリーピュズラのオーガニックワインをいただくことがでた。


実はこの名前は友人のビオワインのインポーター、ヴァンクールでも扱っているワインだったので聞いたことがあったのだが、こちらのワインはティエリーピュズラとそのお兄さん二人でやっているドメーヌのヴァンドナチュール、自然派ワインということだ。もちろんビオで天然酵母を使い、最低限の防腐剤以外は入れないということなので、まったく悪酔いするはずもなく、すーと身体に入っていく。

ガメイとピノの赤ワインは、葡萄が自らもつ力でゆっくりと発酵させており、やさしい味だった。特に時間が経つつれどんどん味がまろやかに変わっていく。



素晴らしいお料理とワイン、そしてオーナー夫婦との楽しい会話を楽しむとあっという間に時間が経つ。時間はすでに11時近くになっていたが、外に出るとうっすらと雪が積もっていた。とてもおいしくて楽しい充実したプレクリスマスディナーになった。






翌朝は一面の銀世界。今年初めての本格的な雪

になったそう。雪の森は、静かで美しく朝日が当たるときらきらする。






おまけ


のスノーマン!

水曜日, 12月 12, 2007

京都 - 3日目



京都最後の日も快晴の素晴らしい天気。

今回は紅葉がメインということで、おそらく込み合っているのは覚悟のうえで、駅近くの東福寺に行ってみた・・・・が、案の定すごいことになっていた。


もちろん車は門前までは入れず歩くことになるが、すでに人の列ができ、警備の人がウ誘導している。





「今日も1万人でっせ~」

みたいなことを言っている!


東福寺は、ニュースなどの紅葉中継でも有名で、通天橋という橋の下が紅葉の海みたいになっていて、回廊を歩きながら紅葉を見ることができるのである。


なので、入場するために迂回路のようなものが出来ていて、さらに入り口の前はディズニーランドかイミグレみたいな通路ができていた。


気が遠くなるような列で、一瞬やめようかとも思ったがここまで来た以上行って見ようということになった。まるで、外タレのコンサート会場の列に並んでいるようだったが、妙な興奮を覚えながら黙々と歩く。




ただ思ったよりも早く回廊に行き着いたような気がしたが、そこは、すでにバーゲン会場と化していた。


人目橋から紅葉の渦を見ようと手すりに群がる人々。

その隙間から紅葉が見えたけれど、それはけして風流なものではなかった。


でもなんとか端のほうにポジションを見つけ眺めてみると、美しい紅葉の景色を見ることはできたが人のいない場所はなかった。


まあ、一種のイベントだと思えば、これもまた楽し。

日本人の紅葉と花見好きを実感。


今度は青葉の梅雨のころ、しっとりした緑の渦を見に行きたいと思った。




ランチは何の予定もしてなかったので、三条までいき俵屋直営のてんぷらやさん点邑を覗いてみた。

だめもとだったのだが、時間限定で入ることができ、3階の個室のような部屋でいただいた。


その後近くの俵屋のお店、ギャラリー遊形でお土産を買ってあの辺りをうろうろする。

宮脇賣扇庵で扇子を見たり、はし本できれいな和紙を見たり。

そして恒例のイノダコーヒーにコーヒーを飲む。

私はいつもミルクは入れないけれど、ここのコーヒーはなんだかミルクを入れるとコクが出てとてもおいしい。



最後は、また仏像ということで東寺に向う。

ここには、立体曼荼羅といって仏像がひしめき合っている講堂と、金堂がある。
冬の午後なので、すでに夕日の黄金色の光が差し込み、とてもきれいだった。
一緒に行った友人Y子の大好きな帝釈天は気品に満ちたハンサムな面立ち。

すべてが美しい、素晴らしい空間だった。


もちろん、いつものように伊勢丹で帰りの新幹線で食べるためのお弁当とお土産の阿闍梨餅を購入しようと思ったところ・・・・また、すごいことになっていた。

ひどい人ごみとなんと阿闍梨餅には長蛇の列が!

とてもじゃないけど並べない。

もしかしたら駅の売り場にあるかもしれないのでY子に先に見に行ってもらい、なんとか和久傳のお弁当はゲットした。

阿闍梨餅は最後の二つだったところをなんとか買えたそう。

和久傳のお弁当は、鯛の昆布〆のお寿司だったがこれがとても美味。
ゆっくり味わって帰りました。





ということで、この連休紅葉紀行はかなり盛りだくさんだったので、かなり濃密な楽しい旅行になった。
紅葉の3連休に出かけるのは初めてだったので、思ってもみない体験もあったし、秋にしか公開されない仏像もたくさん見ることができたのし、なんといってもずっと良いお天気だったのがよかった。


次の京都はいつになるかしら??

木曜日, 11月 29, 2007

奈良 - 仏像三昧


2日目の京都は前から行きたかった浄瑠璃寺へ向かうため、早起きして奈良に行く。

秋は特別に秘仏も公開しており、うわさの吉祥天女様を拝見することができるのだ。

浄瑠璃寺は、近鉄奈良からバスで30分ほどの山奥、京都の県境あたりになるところだろうか。




のどかの風景が続く先、山の中にあった。



このお寺は、九体仏といって、9体の阿弥陀様とそのお堂、それに秘仏である吉祥天女と三重塔の中におられる薬師如来が有名。こんなに山奥の田舎の寺であるのに、どれも国宝に指定されている。


寺の真ん中には大きな池、その高台の三重塔があり対岸の西に向かう形で阿弥陀堂が配置さている。これはいわゆる、浄土式庭園で名前の由来も東方浄瑠璃世界からきているそうである。
現在ではお堂の中に入って拝観できるようになっているが、昔はお堂の外からそれぞれ9つ障子が開けれられて、それぞれの仏を拝んだそう。
9つの扉がひらかれ、その中に仏様と対面する様子はとても厳かで神秘的だったに違いない。


そして、秋の間に公開されていた秘仏、吉祥天女は実にきれいだった。

本当に美人さんで、装飾の色もほとんど残っている。

あまりに有名な像なので、よく顔のアップを写真で見ていたのだが、実際は80センチぐらいの像で、これも美しい厨子の中におられた。
たしか「見仏記」のみうらじゅんが一番お気に入りの像だった気がする。


次は奈良駅に戻り、東大寺の戒壇院に行く。

この日は連休の中日で、素晴らしい青空のお天気だったからか、人も多い。
もちろん国立縛物館の正倉院展を見に来る人も多い。
奈良公園はたくさんの人でにぎわっている。



でも、人の賑わいは東大寺の大仏殿までで、そこから少し離れた戒壇院は人もまばらでほっとする。

戒壇院は鑑真が築いたそうだが、戒壇とは、受戒の行われるところで、僧侶として守るべきものを仏前で誓うとても神聖な場所だそうである。
その神聖な場所に、有名な四天王が安置されている。
塑像とは思えないほど躍動感があり、顔の表情も豊かな天平時代の傑作である。

特に広目天の筆を持って遠くを見る姿は、リアルで格好いい。

次に大仏殿を通りぬけ、お水取りで有名な二月堂の隣、三月堂、別名法華堂に行った。

ここにはたくさんの仏像たちが、ところ狭しと配置されている。ほとんどが国宝に指定されており迫力の不空見羂索観音の大きさには圧巻である。



というのもお堂がそんなに広くないのに、巨大な観音様の脇に、日光、月光菩薩、そして梵天、帝釈天、吉祥天、弁財天がおり、さらに四天王、金剛力士(阿、吽形)、不動明王に地蔵菩薩がひしきめきあっているからだ。

ただ、脇侍の日光、月光菩薩がよく見慣れた像ではなく、丹精な顔立ちに着物を着て合掌した姿だったので、また違った魅力があると思った。

ちょうど仏像の前のところに畳敷きのベンチがあり、座って眺めることができる。
そこに座って眺めていると時が経つのも忘れてしまう。

そしてこの日最後の興福寺へ向かう。

興福寺の宝物殿には例の少年のような顔をした阿修羅様がいらっしゃる。

でも私は、迫力の金剛力士像がよかったし、いつもは四天王に踏まれている邪鬼が灯篭を持ち上げている像があるのだが、こちらもキュートで愛らしい感じがした。

もちろん阿修羅の前は人がいっぱいであまりゆっくりと見ることはできなかったが、妙に細い棒のような腕に少年のような美しい顔を見ると、魔物というか誘惑されそうな気がしてきた。

まあ、阿修羅というのは人間ではないのだから、かまわないけど・・・

おまけに「吉祥天倚」という吉祥天女にそっくりなのだけれど、顔がお世辞にも美しいとはいえない像もあった。私の持っている本には「残念だ。」なんて書かれていた像だ。

たしかに今日はとっても別嬪の吉祥天女を見てきたところだったから、やっぱりあんまりだったかな~


夜は京都に戻り、祇園の「川上」でいただいた。

牡蠣のしんじょやかぶら蒸し等京の冬のお料理を堪能。





今日は天気もよく、たくさんの美しい仏像と紅葉、そしておいしい食事がいただけて本当に幸せ!

実はこの旅行には、あの有名な仏像旅行記、和辻哲郎の「古寺巡礼」を携えていったのだが、当然読む時間はなし。家に帰ってから浄瑠璃寺の箇所を読んだ。
するとおもしろいことに、彼と同じコースをたどっていたことがわかった。
浄瑠璃寺~戒壇院~三月堂~興福寺
そして疲れ果てて宿に帰ったそうであるが、その日見た仏像について熱く語る件がでていた。
私たちも同じ。
彼は大正7年に旅行したときのことを書いているのだから、ずいぶんと古いものになるけれど、彼の思う心、寺や仏像のこと、奈良の景色などはほとんど変わっていないような気がした。
偉大なる奈良
という思いがする。

火曜日, 11月 27, 2007

京都 - 紅葉狩り紀行

この3連休に京都へ行った。

なんとなく11月には京都に行こうと思っていたところ、友人が苦労して3連休どんぴしゃの日程でホテルを取ってくれたのである。
さすがに紅葉シーズンの3連休なので、市内のホテルが取れるはずもなく長岡京にやっとの思いで取れたそうだ。長岡京といえば、京都洛西、中心からは少し離れたところなので、なかなか行く機会がなかったが、紅葉スポットがたくさんあるところだ。



JRの秋のキャンペーン「そうだ、京都にいこう」でもよく使われたお寺がけっこうある。






前から行きたかった光明寺とその山奥にある善峯寺に向かう。



光明寺は普段ほとんど人も訪れないところだと思うが、門前から人だらけ。


なんとなく、これからすばらしい紅葉が見れるのかと思うと興奮する。



本来なら人気のない山寺の石段の上を、赤い紅葉の葉のじゅうたんが広がる晩秋の景色を見たいところだが、今日そうはいかない。たくさんの人が美しい紅葉を見たくて集まってくるのだから仕様がない。

でも、やはり東京とは違う、赤や黄色の紅葉が日に映えてとても美しい。

今年は暖かかったのでまだ少し早いかと思いきや、そうでもない、とても素晴らしい色だった。



ランチはこの辺には1軒しかないという豆腐料理の「いっぷく亭」でいだいた。

豆腐づくしコースだったが、どれも素朴でおいしい。









その後はさらに山奥の善峯寺に向かった。


タクシーの乗り込むと、運転手さんが山門の近くまではいけないという。

なんと、途中の狭い道の真ん中で観光バスが故障して立往生しているからだと。


まあ、ここまできたらしょうがないので、そのバスの手前から徒歩40分の坂道を登る覚悟で歩いていたところ、上からバスが下りてきた。


実は止まっている観光バスと山上までの間をピストン輸送しているという。

確かに、観光バスをどかさない限り上にいるバスも下にはいけないわけだから。


こういう非常事態にもかかわらず、バス会社のおじさんたちはにこやかに応対してくれる。


お陰で歩かなくてすんだ。

善峯寺は山の上全体がお寺という感じで、お寺の紅葉というより山の紅葉という感じだった。

もちろん、山の上から京都の街を見通すことができきる。




この日の夜は京都のお寺にお嫁に行った友人宅で、宴会があるというのでそこでご馳走になった。

彼らのお寺は日蓮宗のお寺なので、皆で日蓮さんの命日に法要を行い、その後で寺で宴会を催すのが恒例らしい。


旦那さん(住職)の学生時代の友人(お坊さんたち)家族も集まり、それはにぎやかで楽しい会だった。というのも、みんな子沢山?子供達もたくさんいて、お寺中を走り回っていたからだ。


いつもはなかなか寺を空けられないという住職さんたちも、この日は皆で集まって賑やかに過ごすそう。
もちろん、ご馳走のすっぽんも焼きさばもおいしかった!


ほんとお世話になりました。

月曜日, 11月 19, 2007

FEU


なつかしいフレンチに行った。

ある天気のよい日。

友人が乃木坂の新国立美術館でやっているフェルメールを見に行くので、そこにできたポール・ボキューズのカフェに行ってみないかということになった。

11時半に待ち合わせで行ってみたところ、案の定ひどい人混みで、1245に戻ってきてくれと言われて整理券をもらう羽目に。


しかし、そんなに待ってもいられず、またポール・ボキューズといってもひらまつプロデュースだと言っていたのでそんなに無理しなくてもいいかということになり、別の店を探した。



友人は日頃食べれないビストロ風の店に行きたいということだったので、乃木坂あたりで考えてみたが
以外にあのあたりにフレンチは少ない。
ふと、思い出した店があった。
乃木坂の駅前、昔からある「ふう」はどうかと思い出した。

この店はずいぶん昔からある創業27年の老舗フレンチだ。
確か昔は「ふう」という漢字だったが思い出せない。

今は「FEU」と表記が変わっていた。


実はこの店、私はテレビの料理番組か何かで見つけて、高校生か大学生の頃に母と一緒に行ったことがある店。

その時は、素敵なフレンチのコースに感動した覚えがあるが、味がぱっとしなかったような気がしてそれ以来足を運ぶことがなかったのである。


しかし、それから20年弱?
ずっと存在してきた店は、予想に反して素晴らしかった。




以前の記憶とは違い、とても洗練されていて、味もよく、サービスもよかったのである。

思い込みも20年も経つとどうかと思うが、さすが現在のシェフも7代目だそう。

ランチだったので3150円からいただける。

前菜の、タスマニア産のサーモンは軽くスモークしてあるようでとても美味。

メインは私は鯛のグリルに魚介のスープと野菜が添えられていたのだが、魚介の味がしみ込んでいてとてもおいしかった。




こんなにおいしいとは正直思っていなかったのでとても満足。







お店を長く続けるのは大変である。

守りたい伝統もあると思うが、世の中の嗜好や流行も変わる。

柔軟でないと残るのが難しい業界だろうが、残るというのはそれなりに理由があるようである。

水曜日, 11月 07, 2007

大丸東京店オープンで思うこと



昨日大丸東京店がオープンしたそう。



一番人が行き来する場所でありながら、いまいちだった大丸。

思えば、私が小学校のときに大阪から引越してきたときと

社会人になり丸の内界隈で過ごしていたときとほとんど変わらない雰囲気だった。


確かに関西の方がイメージする大丸とはぜんぜん違う、なんだかシャビーな感じで

利用するとすれば地下の食料品売り場でお弁当やお菓子を買うぐらいだった。


ところが、今回ごそっと全体が隣に移動して丸の内OLターゲットの百貨店として生まれ変わったそうである。


ここ数年丸の内側の変貌ぶりに押され気味だった八重洲側も変わろうとしている。

丸の内のOLと東京駅を利用する客の両方が利用することになる、こんなによい立地はなかなかない。




週末に東京駅で人に会うことにあり、お茶をするところと探してみたがまず丸の内側では探せなかった。丸ビル界隈はすごい人で、カフェでお茶もできない状況だった。


しかし、ちょっと前にできたオアゾは、以前に比べると人がいない。

新しいもの好きの人たちは、すでに他へ移っているということ。


そして先日オープンした東京駅構内地下にある新しいショッピングモール「グランスタ」もすごい人だった。人ともので溢れかえっている。


大丸東京店も一階にスウィートの売り場を持ってきて、日本初出店のブランドも多数あるそうだ。


兎に角もので溢れかえる東京。


かたや賞味期限を早めにしないと売れないからだうだが、売れ残った商品を捨てていく現状。


どうしたものかと思う。



本屋でも似たような感覚に襲われるのだが、あまりの情報の多さに疲れてくる。


溢れる情報の中に身を置くと、逆に自分で作ってみたり、自然であったり、素朴なものや古いもののほうがよかったりしてくる。


人間の営みはどうなっていくんだろう。

そういう商業施設が盛り上がって、消費があって、企業が儲かって、経済が好調にならないと結局個人の生活は豊かにならないのかもしれないが、きりがないような気がしてくる。


もっと違う社会、循環型の新たな形でみんながハッピーな社会を模索していかないといけない。



大丸東京オープンからずいぶん脱線してしまったけれど、なんとなく感じたこと。


水曜日, 10月 24, 2007

インド旅行記 - 最後に


最近のインド経済、株式市場の過熱ぶりを見るにつけ、現在のインドを見てみたかった。
もちろん、インドの歴史、史跡、釈迦の仏足跡やヒンドゥーの寺院など以前から興味のあるものはたくさんあるが、まずは今のインドをこの目で見てみたかった。

一言で言うと混沌、だろうか。
ご存知の通り、彼らは細かいカーストの世界、自分のいる場を享けとめながら日々を生きている。その雑多な人々の日々の営みがその生活を作り、街を形作っているような気がする。

インドという広大な国土において、人種は北部と南部では違うし、言葉、習慣、食べ物も違う。そのすごいエネルギーが渦巻く器をまとめるには、宗教の力が必要なのではないかと実感した。ヒンドゥーの神々の像や絵を見るとわかるが、あの迫力ある生々しい彼らのエネルギーをまとめるには神の力なくしては至難の業のように思う。

日々の生活の中に、神々がいて、感謝をして生きる。
カーストを肯定するというわけではないが、生まれたこの世を受け止め精一杯生きるということができる民族のような気がした。彼らのスパンはとても長い。
この世だけではなく、前の世、未来の世を見て物事を考えるのだから。

今回の旅は短く、デリーとジャイプールだけだったので、一端を見たにすぎない。
IT都市としてもてはやされている、南部のバンガロールなどはまた違うだろうし、ヒンドゥーの聖地、ベナレスはもっと違うだろう。

また、インドに来たいと思う。




気がついたこと

・ ホテルの値段は欧米並み。特にデリーのホテルは年々上がっているそうだ。


・ インドの交通事情は前述したが、とにかく交通法規というものは存在しないように思う。サイドミラーはない車が多い。また積載オーバーなのか、トレーラーが横倒しになって止まっているのを何度か目撃した。


・ デリー近郊の建設ラッシュは目覚しい。デリージャイプール間の道も以前はでこぼこの舗装されていない道もあったそうだが、現在はずっと舗装されていた。


・ デリーの街中ではあるが、比較的新しいビルが壊されているのを目撃。これは今まで営業していたビルが政府にいちゃもんをつけられ、壊さざるを得なくなったとのこと。こういうことはよくあるそうだ。 袖の下が足りないとか気に食わないからだろうか。


・ 道にいる牛は基本的には放し飼い。草原のない街に放牧されるとうわけだ。食料は人々から恵んで

もらうものか、道に落ちているものを食べる。なので、骨が出てがりがりに痩せている牛が多い。


・ インドの女性は身体の線が出るような服は着てはいけないということで、パンジャビドレスかサリーを着ている人が多かったが、デリーの中心にはTシャツにGパン姿の女性もちらほら。でもまだまだ珍しいようだ。


・ インド人は食後のお茶を飲む習慣はないようだ。合間に何かとチャイを飲むけれど。例えばお店に行くとチャイが出たり、お水が出たりする。


・ ムスリムではないインド人も外でお酒を飲む習慣はあまりない ようだ。カフェでお菓子を食べている人が多かった。確かに彼らはスナックとミルクでできた甘いお菓子が大好きみたい。日本では金箔をお菓子に使うが、インドでは銀箔を貼ったお菓子がたくさんあった。


・ 店では必ずディスカウントを要求する。食事代もだし、物を買うときもだ。私達はインド人夫妻と一緒にいたので必ず彼らがビルをチェックして支払いをしていた。あるジュエリーショップでのこと。ヴィーナさんが店員の前で友人の宝石屋に電話をして相場を聞き、見事ディスカウントをしてもらった。すごい演出である。こういう努力も大事なのだ。

・ かわいいデザインの靴はたくさんある。1000円ぐらい出せばビーズのついたかわいいサンダルは買える。靴の値段は日本よりずいぶん安いと思う。おもしろいことに、靴屋さんの倉庫は大体2階にあるみたいで、ストックは上から落ちてくる。ぼやぼやしてると頭に落ちて来るんではと冷や冷やする。とはいえ、従業員が多いので担当がちゃんと下にいるので大丈夫。下に人がいないときに落とすことはない。
・ 石鹸は100円ちょっとなので日本と同じぐらいだろうか?よく見るとunileverとあったので、あの多国籍企業じゃないと思いHPをチェックしたところインドでもビジネスを展開していた。Unileverはイギリスで創業した会社だが、起業まもなくインドに進出している。私が購入した石鹸はなんと1902年にインドで発売になったものらしい。歴史を感じさせる。


・ インドのアイスキャンデーは練乳を固めたサツマイモみたいな味だった。屋台でヴィーナさんが買ってくれたのでご馳走になったが、おいしかったしお腹も壊さなかった。インドでは歯磨きするのもミネラルウォーターでやらないとだめだ、という話があったけれど、私の場合結局お腹も壊さずにいられた。


・インドには素晴らしい工芸品がたくさんある。特にテキスタイル、更紗や刺繍、織物はとても美しい。芸術品である。インドでもハンドメイドは高い。ヒンドゥーは自然や神を具象化し、イスラムは具象化せずに幾何学化する。その二つの文化と芸術が融合することですばらしい芸術が生まれたそうである。ジャイプールにある伝統的なハンドメイドにこだわった手法を守り続けている更紗の工房も訪ねた。こちらでは木型で版を彫り、一つ一つ押していく作業を見学した。


・ サモードパレスでの朝食は、山を降りたマハラジャの庭園、サモードバーグでゆっくりいただいたのだが、この庭園は圧巻だった。というのも、まわりは乾いた砂漠地帯であるにもかかわらず緑あふれ、噴水の水が流れる広大な庭園だったからだ。富の偏在というかお金がかかったところはとことん素晴らしいと感じる。緑の中でゆっくりしているだけで風が通り抜け、夢心地になる。






・ ロハルハウスではシタールの演奏を聴いた。上に七弦下に12弦だったかを張ってあるとても大きな弦楽器である。ラジャスターン音楽は軽快かつ物悲しい感じだったが、私達が日本人だったからか、「幸せなら手をたたこう、パン、パン」っていう曲を披露してくれた。インドでも有名なのだろうか?と思ったらスペイン民謡だった。


・ インドの水の飲み方は、基本的にシェアするからだろうか?ボトルには口をつけずに口から離して流し込む。みんな器用にやっている。道端の人もコップというかかなり大きい入れ物を皆で回し飲みしていたが、上手に口をつけずに飲んでいた。


・ インドのトイレ事情。これについては事前にいろいろ聞いていたがやはりきつい。ホテルのトイレは水洗で紙もおいてあるが、空港などの公衆のトイレには紙はなく、インド式のトイレ(足を置いてしゃがむタイプ。和式に似ている)にはコップがおいてある。インド人はその水で洗い流すようだ。その後は自然乾燥か。水洗事情も悪く、洋式でも流れないことがあるので紙は流さずゴミ箱に入れる。(ゴミ箱が置いてあればいいが) ちょっとましなインド式はコップではなく、横に小さなシャワーがついていて、手動ウォシュレットとして使う。慣れないときついけど、紙を使わず最小限の水を使うというのはエコな感じがする。とはいえ日本人にはかなりきついかな。

月曜日, 10月 22, 2007

インド旅行記 - マハラジャ~ 夢の宮殿


ジャイプールは古くから商業、交易の中心として栄えてきたので、この町のマハラジャはたいそう裕福だったそうだ。そのマハラジャの宮殿が今でも残されている。

現在は町の中心にミュージアムとして残っているシティパレスとランバーグパレスという迎賓館(現在はホテル)、そして郊外の山の離宮サモードパレスがある。
今回のジャイプール滞在ではそれらのパレスを全部見ることができた。

シティパレス
アートとテキスタイルとアーム(武器)の3つの館があったが、アーム以外を見学した。
そのどれもが巣晴らしいものばかりだったが、特にマハラジャや奥方の衣装などはきれいに残されていて、その技術と美しさに感動する。

18世紀のマハラジャがイギリスに行ったときに聖なるガンジス川の水を入れた大きな銀製の壷のような甕のようなもの。

現代のマハラジャもこんシティパレスの一角に住んでいるそう。
今はホテルや企業を経営しているらしい。


ランバーグパレス
市の中心にある広大な庭園の中にある宮殿が今はホテルとして使われている。
私達はディナーに出かけたが、これがまた素晴らしい装飾、クリスタルのシャンデリアに重厚な家具、大きな花々を生けてある部屋の中にターバン巻いた給仕の方がいると、マハラジャの宴に招かれたような気がした。

お料理はもちろんカレーだけれど、とーても上品だった。
インドでは、お肉のグリルに緑色のミントソースをつけて食べるのだがこれがまたさっぱりしておいしい。そういえば、ポテトチップスにもミントソースフレーバーなるものがあって結構いけてました。

ディナーの後、庭園散歩する。
キャンドルがあったり、花火が上がったりとロマンチックだった。



サモードパレス
ジャイプールの中心から2時間?ぐらいのところにある離宮。
やはり運転手のビクラムくんは迷いまくり、3時間ほどかかっただろうか。

インドには地図がないし、標識もない。
日本のゴルフ場の案内なんてすごいけど、あまりになさすぎるのもどうかと思うが、サモードに行く道にもほとんど看板がない。
いろんな人に道を聞きながら行くというのはインドでは当たり前。
まあ、先を急ぐビジネスマンではないからいいけれど。

あるときアルファベットで「samode →」みたいな看板を目にしたけれど、ビクラムくんは無視して別の道を行く。あれれ??と思ったけれど、彼は英語のアルファベットがわからないから認識ができなかったのだ。

インドの人はヒンドゥー語と英語の両方を使うものだと思っていたが、実際のところ中流の上ぐらいの人たちは英語を使っても、庶民はほとんど英語を話せないようだった。




乾いた土地の向こう、山の上にサモードパレスがある。
サモードの村自体が宮殿の城下町のようになっていて、小さなおとぎの国に迷いこんだようだった。子供達の屈託のない笑顔と動物のオンパレード。らくだ、ヤギ、いのしし・・・
その中を通り抜けパレスに到着。

山の上の素晴らしい宮殿だった。
ホテルとして使われているが、マハラジャの宴会の広間や、その宴会を覗くための女性の間とか、広大なプールや瞑想の間には素晴らしい模様のタイルやゴージャスな装飾があり本当に宮殿にいるようだった。

ところでインドのお風呂事情について。
基本的にお湯は浴場の上にタンクがありそこに貯めて使うらしい。
なので、たくさんのお湯は望めない。

デリー滞在の最初の日は、夜も遅く、ぬるいな~と思ってシャワーをしたが、実は水だったよう。暑い国なので湯温は気にしないのかな~?なんて思っていたんだけど、タンクのスイッチが入っていなかった模様。
翌日はスイッチを入れて入ってみたけれど、ちょっと暖かくなったかな?というぐらいだ。

ジャイプールでのホテルはとてもいい上等のホテルだったけれど、やっぱり大きなバスタブにお湯を貯めてしまうと後のシャワーはうーん温いなあということになる。

そこで改めて日本の水の豊かさや暖かいお湯にふんだんには入れるお風呂事情が嬉しいと思った。


ディナーはホテルのテラスで、民族音楽を聴きながらいただいた。
初めてカレーではないメニューもあったのだが、私の大好きなほうれん草のカレーパラクパニールがあったので、またもやカレーをオーダー。予想通りとてもおいしい。

ラジャスタン地方の音楽だろうか、生のライブはどこか哀愁漂う演歌のような歌声の中に、いつものリズム、カスタネット、太鼓が混じる軽快なものでとてもよかった。

宮殿での最後の夜、私もデリーで買ったパンジャビドレスを着てみた。
インドの宮殿での夢のような一時、タイムスリップしたような気分を味わった。

金曜日, 10月 19, 2007

インド旅行記 - ヴィーナさんのヨガレッスン


ロハルハウスでの2日間は、ヴィーナさんがヨガの先生なので毎朝7時からレッスンを受ける。
昼間には30度を超えるところだが、砂漠気候のせいか早朝はかなり涼しい。
朝早く起きて緑の芝生でのレッスンはとても気持ちがよかった。


2日にわたりウォーミングアップから笑うヨガ、瞑想まで教えてくれた。
ベーシックな部分をわかりやすく教えてもらったので、全部は紹介できないががその中でも呼吸の仕方、Pranayamaプラナヤマはすぐに実践できるものなので少しここで紹介したい。

この呼吸法はスポーツ選手が試合の前などに精神統一してエネルギーを体に充満させるのに使うという。鼻だけで呼吸する。


Lom-anulom ロム アヌロム
親指と薬指を使って鼻の穴をふさいで呼吸。左から吸って右で吐く。右から吸って左から吐くというのを繰り返す。1日10分やると高血圧にいい。

応用編で寒いときの効果がある呼吸法
左だけを100回、右だけを100回、両方100回と早い呼吸を繰り返す。

Ujjayiウジャイー
喉の奥を鳴らして呼吸。甲状腺にいい。

Agni sara アグニーサーラ
鼻で吸って息を全部吐ききってお腹をへこましたところでへその辺りを背骨のほうにへこませる運動。胃にいいそう。

Bhramri
親指で耳の穴をふさぎ、中指、薬指で目をふさぎ声を出し蜂の飛ぶ音のような音を頭の中に響かせる。これは偏頭痛にいいそう。


またプラナヤマだけではなくたくさんのことを教えてもらった。
特に印象的だったのは瞑想の後、AUMオームというマントラ(真言)を何度も唱え、体中に響かせる(バイブレーション)ことでエネルギーが充満して精神が落ち着くということを知った。

オームとは母なるマントラで宇宙の種のことだそう。

そして笑うヨガ。
よくインドの公園では笑うヨガをやっているおじさんがいると聞いていたし、確かにデリーの公園でも見た。
でも、自分でやってみるとこれがなかなか楽しい。
思いっきり「わっはっは~」と笑っているとほんとうに楽しくなってきて、終いには涙も出てきたり。それに大笑いすると横隔膜を思いっきり使うので腹筋にもなりそうだった。


人間は身体と精神の両方がリラックスしないといけない。
身体が動きすぎると精神はリラックスしないので、最初に身体をリラックスさせる。そして瞑想して精神、心をリラックス。みんなのこと、世界のこと、神様のこと、すべての幸福を願いながら・・・・とヴィーナさんは教えてくれた。