木曜日, 11月 29, 2007

奈良 - 仏像三昧


2日目の京都は前から行きたかった浄瑠璃寺へ向かうため、早起きして奈良に行く。

秋は特別に秘仏も公開しており、うわさの吉祥天女様を拝見することができるのだ。

浄瑠璃寺は、近鉄奈良からバスで30分ほどの山奥、京都の県境あたりになるところだろうか。




のどかの風景が続く先、山の中にあった。



このお寺は、九体仏といって、9体の阿弥陀様とそのお堂、それに秘仏である吉祥天女と三重塔の中におられる薬師如来が有名。こんなに山奥の田舎の寺であるのに、どれも国宝に指定されている。


寺の真ん中には大きな池、その高台の三重塔があり対岸の西に向かう形で阿弥陀堂が配置さている。これはいわゆる、浄土式庭園で名前の由来も東方浄瑠璃世界からきているそうである。
現在ではお堂の中に入って拝観できるようになっているが、昔はお堂の外からそれぞれ9つ障子が開けれられて、それぞれの仏を拝んだそう。
9つの扉がひらかれ、その中に仏様と対面する様子はとても厳かで神秘的だったに違いない。


そして、秋の間に公開されていた秘仏、吉祥天女は実にきれいだった。

本当に美人さんで、装飾の色もほとんど残っている。

あまりに有名な像なので、よく顔のアップを写真で見ていたのだが、実際は80センチぐらいの像で、これも美しい厨子の中におられた。
たしか「見仏記」のみうらじゅんが一番お気に入りの像だった気がする。


次は奈良駅に戻り、東大寺の戒壇院に行く。

この日は連休の中日で、素晴らしい青空のお天気だったからか、人も多い。
もちろん国立縛物館の正倉院展を見に来る人も多い。
奈良公園はたくさんの人でにぎわっている。



でも、人の賑わいは東大寺の大仏殿までで、そこから少し離れた戒壇院は人もまばらでほっとする。

戒壇院は鑑真が築いたそうだが、戒壇とは、受戒の行われるところで、僧侶として守るべきものを仏前で誓うとても神聖な場所だそうである。
その神聖な場所に、有名な四天王が安置されている。
塑像とは思えないほど躍動感があり、顔の表情も豊かな天平時代の傑作である。

特に広目天の筆を持って遠くを見る姿は、リアルで格好いい。

次に大仏殿を通りぬけ、お水取りで有名な二月堂の隣、三月堂、別名法華堂に行った。

ここにはたくさんの仏像たちが、ところ狭しと配置されている。ほとんどが国宝に指定されており迫力の不空見羂索観音の大きさには圧巻である。



というのもお堂がそんなに広くないのに、巨大な観音様の脇に、日光、月光菩薩、そして梵天、帝釈天、吉祥天、弁財天がおり、さらに四天王、金剛力士(阿、吽形)、不動明王に地蔵菩薩がひしきめきあっているからだ。

ただ、脇侍の日光、月光菩薩がよく見慣れた像ではなく、丹精な顔立ちに着物を着て合掌した姿だったので、また違った魅力があると思った。

ちょうど仏像の前のところに畳敷きのベンチがあり、座って眺めることができる。
そこに座って眺めていると時が経つのも忘れてしまう。

そしてこの日最後の興福寺へ向かう。

興福寺の宝物殿には例の少年のような顔をした阿修羅様がいらっしゃる。

でも私は、迫力の金剛力士像がよかったし、いつもは四天王に踏まれている邪鬼が灯篭を持ち上げている像があるのだが、こちらもキュートで愛らしい感じがした。

もちろん阿修羅の前は人がいっぱいであまりゆっくりと見ることはできなかったが、妙に細い棒のような腕に少年のような美しい顔を見ると、魔物というか誘惑されそうな気がしてきた。

まあ、阿修羅というのは人間ではないのだから、かまわないけど・・・

おまけに「吉祥天倚」という吉祥天女にそっくりなのだけれど、顔がお世辞にも美しいとはいえない像もあった。私の持っている本には「残念だ。」なんて書かれていた像だ。

たしかに今日はとっても別嬪の吉祥天女を見てきたところだったから、やっぱりあんまりだったかな~


夜は京都に戻り、祇園の「川上」でいただいた。

牡蠣のしんじょやかぶら蒸し等京の冬のお料理を堪能。





今日は天気もよく、たくさんの美しい仏像と紅葉、そしておいしい食事がいただけて本当に幸せ!

実はこの旅行には、あの有名な仏像旅行記、和辻哲郎の「古寺巡礼」を携えていったのだが、当然読む時間はなし。家に帰ってから浄瑠璃寺の箇所を読んだ。
するとおもしろいことに、彼と同じコースをたどっていたことがわかった。
浄瑠璃寺~戒壇院~三月堂~興福寺
そして疲れ果てて宿に帰ったそうであるが、その日見た仏像について熱く語る件がでていた。
私たちも同じ。
彼は大正7年に旅行したときのことを書いているのだから、ずいぶんと古いものになるけれど、彼の思う心、寺や仏像のこと、奈良の景色などはほとんど変わっていないような気がした。
偉大なる奈良
という思いがする。

火曜日, 11月 27, 2007

京都 - 紅葉狩り紀行

この3連休に京都へ行った。

なんとなく11月には京都に行こうと思っていたところ、友人が苦労して3連休どんぴしゃの日程でホテルを取ってくれたのである。
さすがに紅葉シーズンの3連休なので、市内のホテルが取れるはずもなく長岡京にやっとの思いで取れたそうだ。長岡京といえば、京都洛西、中心からは少し離れたところなので、なかなか行く機会がなかったが、紅葉スポットがたくさんあるところだ。



JRの秋のキャンペーン「そうだ、京都にいこう」でもよく使われたお寺がけっこうある。






前から行きたかった光明寺とその山奥にある善峯寺に向かう。



光明寺は普段ほとんど人も訪れないところだと思うが、門前から人だらけ。


なんとなく、これからすばらしい紅葉が見れるのかと思うと興奮する。



本来なら人気のない山寺の石段の上を、赤い紅葉の葉のじゅうたんが広がる晩秋の景色を見たいところだが、今日そうはいかない。たくさんの人が美しい紅葉を見たくて集まってくるのだから仕様がない。

でも、やはり東京とは違う、赤や黄色の紅葉が日に映えてとても美しい。

今年は暖かかったのでまだ少し早いかと思いきや、そうでもない、とても素晴らしい色だった。



ランチはこの辺には1軒しかないという豆腐料理の「いっぷく亭」でいだいた。

豆腐づくしコースだったが、どれも素朴でおいしい。









その後はさらに山奥の善峯寺に向かった。


タクシーの乗り込むと、運転手さんが山門の近くまではいけないという。

なんと、途中の狭い道の真ん中で観光バスが故障して立往生しているからだと。


まあ、ここまできたらしょうがないので、そのバスの手前から徒歩40分の坂道を登る覚悟で歩いていたところ、上からバスが下りてきた。


実は止まっている観光バスと山上までの間をピストン輸送しているという。

確かに、観光バスをどかさない限り上にいるバスも下にはいけないわけだから。


こういう非常事態にもかかわらず、バス会社のおじさんたちはにこやかに応対してくれる。


お陰で歩かなくてすんだ。

善峯寺は山の上全体がお寺という感じで、お寺の紅葉というより山の紅葉という感じだった。

もちろん、山の上から京都の街を見通すことができきる。




この日の夜は京都のお寺にお嫁に行った友人宅で、宴会があるというのでそこでご馳走になった。

彼らのお寺は日蓮宗のお寺なので、皆で日蓮さんの命日に法要を行い、その後で寺で宴会を催すのが恒例らしい。


旦那さん(住職)の学生時代の友人(お坊さんたち)家族も集まり、それはにぎやかで楽しい会だった。というのも、みんな子沢山?子供達もたくさんいて、お寺中を走り回っていたからだ。


いつもはなかなか寺を空けられないという住職さんたちも、この日は皆で集まって賑やかに過ごすそう。
もちろん、ご馳走のすっぽんも焼きさばもおいしかった!


ほんとお世話になりました。

月曜日, 11月 19, 2007

FEU


なつかしいフレンチに行った。

ある天気のよい日。

友人が乃木坂の新国立美術館でやっているフェルメールを見に行くので、そこにできたポール・ボキューズのカフェに行ってみないかということになった。

11時半に待ち合わせで行ってみたところ、案の定ひどい人混みで、1245に戻ってきてくれと言われて整理券をもらう羽目に。


しかし、そんなに待ってもいられず、またポール・ボキューズといってもひらまつプロデュースだと言っていたのでそんなに無理しなくてもいいかということになり、別の店を探した。



友人は日頃食べれないビストロ風の店に行きたいということだったので、乃木坂あたりで考えてみたが
以外にあのあたりにフレンチは少ない。
ふと、思い出した店があった。
乃木坂の駅前、昔からある「ふう」はどうかと思い出した。

この店はずいぶん昔からある創業27年の老舗フレンチだ。
確か昔は「ふう」という漢字だったが思い出せない。

今は「FEU」と表記が変わっていた。


実はこの店、私はテレビの料理番組か何かで見つけて、高校生か大学生の頃に母と一緒に行ったことがある店。

その時は、素敵なフレンチのコースに感動した覚えがあるが、味がぱっとしなかったような気がしてそれ以来足を運ぶことがなかったのである。


しかし、それから20年弱?
ずっと存在してきた店は、予想に反して素晴らしかった。




以前の記憶とは違い、とても洗練されていて、味もよく、サービスもよかったのである。

思い込みも20年も経つとどうかと思うが、さすが現在のシェフも7代目だそう。

ランチだったので3150円からいただける。

前菜の、タスマニア産のサーモンは軽くスモークしてあるようでとても美味。

メインは私は鯛のグリルに魚介のスープと野菜が添えられていたのだが、魚介の味がしみ込んでいてとてもおいしかった。




こんなにおいしいとは正直思っていなかったのでとても満足。







お店を長く続けるのは大変である。

守りたい伝統もあると思うが、世の中の嗜好や流行も変わる。

柔軟でないと残るのが難しい業界だろうが、残るというのはそれなりに理由があるようである。

水曜日, 11月 07, 2007

大丸東京店オープンで思うこと



昨日大丸東京店がオープンしたそう。



一番人が行き来する場所でありながら、いまいちだった大丸。

思えば、私が小学校のときに大阪から引越してきたときと

社会人になり丸の内界隈で過ごしていたときとほとんど変わらない雰囲気だった。


確かに関西の方がイメージする大丸とはぜんぜん違う、なんだかシャビーな感じで

利用するとすれば地下の食料品売り場でお弁当やお菓子を買うぐらいだった。


ところが、今回ごそっと全体が隣に移動して丸の内OLターゲットの百貨店として生まれ変わったそうである。


ここ数年丸の内側の変貌ぶりに押され気味だった八重洲側も変わろうとしている。

丸の内のOLと東京駅を利用する客の両方が利用することになる、こんなによい立地はなかなかない。




週末に東京駅で人に会うことにあり、お茶をするところと探してみたがまず丸の内側では探せなかった。丸ビル界隈はすごい人で、カフェでお茶もできない状況だった。


しかし、ちょっと前にできたオアゾは、以前に比べると人がいない。

新しいもの好きの人たちは、すでに他へ移っているということ。


そして先日オープンした東京駅構内地下にある新しいショッピングモール「グランスタ」もすごい人だった。人ともので溢れかえっている。


大丸東京店も一階にスウィートの売り場を持ってきて、日本初出店のブランドも多数あるそうだ。


兎に角もので溢れかえる東京。


かたや賞味期限を早めにしないと売れないからだうだが、売れ残った商品を捨てていく現状。


どうしたものかと思う。



本屋でも似たような感覚に襲われるのだが、あまりの情報の多さに疲れてくる。


溢れる情報の中に身を置くと、逆に自分で作ってみたり、自然であったり、素朴なものや古いもののほうがよかったりしてくる。


人間の営みはどうなっていくんだろう。

そういう商業施設が盛り上がって、消費があって、企業が儲かって、経済が好調にならないと結局個人の生活は豊かにならないのかもしれないが、きりがないような気がしてくる。


もっと違う社会、循環型の新たな形でみんながハッピーな社会を模索していかないといけない。



大丸東京オープンからずいぶん脱線してしまったけれど、なんとなく感じたこと。