火曜日, 2月 19, 2008

文楽 2月 ~竹本住大夫さん~


国立劇場に文楽を見に行った。

歌舞伎に移植された出し物がたくさんあったぐらいなので、歌舞伎で見たことがある演目も多い。



初めての文楽。



人形なので小さくて見えないのかなあ?などとどきどきしながらだったけれど、心配することはなかった。


よく文楽ははまる人が多いという話を聞いていたが、どうも私もはまりそうだ。

というのも、今回はある方のご縁で席を手配していただいが、これが義太夫席の唾が飛んでくるんではないかというぐらい迫力の席。
そして、なんとなく先入観からか人形なので小さい舞台と思い込んでいたことが、そんなことはない。

舞台全体を使っての人形の動きには感心した。まさに歌舞伎の舞台と同じなのである。



でも一番心に残ったのは、太夫の浄瑠璃である。

歌舞伎は、登場人物それぞれに役者がおり、それぞれの言葉をしゃべり演じるわけである。

が、文楽はすごい。
太夫がずっと物語(浄瑠璃)を語るのである。

登場人物は多岐にわたる。

それを一人で語り、歌うのである。

そして人形の表情はというと目をつぶるぐらいの動きしかないものに、なぜか太夫の語りに合わせて魂が宿るようである。

なので文楽の主役は太夫であり、太夫の語りが一番大事であると感じた。


そして今回私たちが見た第二部では、最後の「壷坂観音霊験記」のひとつを竹本住大夫さんが語られた。住大夫さんは、文楽界の重鎮、人間国宝である方。

さすがに、出て来られた途端オーラを感じ空気が変わったような気がした。

そして語りが始まった瞬間から、引き込まれるようだった。
義太夫節というのか、人情味溢れる語りと人形も動きぴったりと合う。


舞台は大夫の語り口で決まってしまうのかと感じた。
太夫にはそれぞれ特徴があり、声の高さや語り口も少しずつ違う。
なかには声が大きすぎたり、甲高いばかりが目立つ場合もある。
皆が引き込まれるような語りをするには、何年もの修行と才能がいるのだろう。


今回は素晴らしい計らいがあり、なんと住大夫さんご夫妻を囲んでのディナーに参加することができたのがだが、80歳を越えるお年とは思いえないほど、素顔の住大夫さんは快活でエネルギーに満ち、関西弁で語られる貴重なお話の数々を伺った。

よく人形遣いのほうを見ながら語る太夫がいるが、それはよくない。自分がペースを作っていくものだ

最近は人形使いの人が舞台に上がるときに拍手をする人がいるが、普通はしないもの。

住太夫さんは大学出の太夫だったので、当時では珍しく、甲子園の土を踏んだことがある野球少年だったそう。

などなど・・・



太夫が浄瑠璃を語る最初と最後に、台本を頭の上に掲げ、お上(神様)?に礼を捧げるのが印象的だった。

きっとこれから語る浄瑠璃が素晴らしいものになるような祈りと最後に感謝の礼を捧げるのだろう。

このような作法は日本の伝統文化に流れるとても素晴らしいものだと思う。

太夫が語る浄瑠璃は、情を語る、すなわち心を語ることが大事とされるそう。

まさにその心を感じることが出来た舞台だった。

木曜日, 2月 14, 2008

ポリス再結成コンサート

行って来ました~
ポリス再結成コンサート

スティングの来日には欠かさず行っていましたが、さすがにポリスのコンサートは初めて。
ポリスが解散したのは1984年1月なので、私は中学生でした。
その頃ちょうどMTVが出始め、ミュージックビデオがテレビでがんがん流れて私は洋楽ばっかり聴いてました。

ということで、さすがに来ている人たちの年齢層は高い。
まあ、私もそこに入るとは思うけれど・・・  その頃に大学生やら社会人の人たちはきっと懐かしかったでしょうね。一緒にいった友人の上司はデートのときにカセットテープに録音して持っていったなんて言ってたそうだから。



大体スティングのコンサートはいつも武道館なので、がんばってアリーナ席を取る。
3年前に来日したときは、本当にいい席が取れて超盛り上がったのを覚えている。

今回は東京ドームなのであまり音も良くないと思い気にしなかったが、けっこうマイクの音はよかった。ただ楽器の音はややつぶれる感じはあったが。

ところで肝心のスティングの声のほうだが、ポリスの曲はロクサーヌを始め、かなり高音の曲が多いので、声大丈夫かな~?と心配したけれど、伸びがある素晴らしい声。たまににキーを変えたりしたところも少々あったけれど。

これもスティングがアシュタンガヨガをしているからか?
私もアシュタンガヨガをやっているので勝手に思ったりしたけれど、57歳とは思えない身体と声。
本当にかっこよかった~
(3年前もそう思ったのだけれど)


舞台はシンプルな構成で、ギターのアンディ・サマーズとドラムのスチュアート・コープランドだけだったので、本当に昔のスタイルを再現してくれたのだと思う。
でも東京ドームということでバックやサイドには映像が流れるようになっているので、彼らが良く見えた。

スティング以外は見慣れていなかったので、二人ともすごい年とった~という感じがした。
そりゃそうだ。解散から24年ぶりぐらいで見るのだから。

そう考えると解散後のスティングのソロ活動も24年なのだからすごい。
ポリス時代よりは長いわけなので、彼自身の曲もとても魅力的なものが多い。
スティングのコンサートだとポリス時代の曲もやるので楽しいが、今回はもちろんポリス時代の曲だけ。

ポリスのベスト版を生で聞いた!という素晴らしいものだった。


そうそう、今回はスティングの息子がやっているバンド、フィクションプレインが前座を努めていたので、息子の声を聞いたがやっぱりスティングに似ていた。
スティングの一番素晴らしいところは声だと思うが、それを受け継ぐなんてすごい!が、個人としての活動は大変だろうなと思った。だって父親が偉大すぎるから。


今回の再結成はとても貴重なコンサートだったと思う。
昨日のドームも4万人入ったというし、A席でも1万円だったのでかなりの興行収入だろうな~なんて思っていたら、去年の北米の興行収入ランキングでは150億円で1位、世界でも240億円で1位だったそうだ。

購買層が80年代に青春だった人たちだったから、チケットの高さなんて気にならないからだろう。
それにしてもすごい。

スティングのサイトを見ると2月でポリスツアーは一度お休みしてまた6月から始めるそうだ。
そうしたらもうポリスの再結成はないみたいなので、今回のコンサートはとても貴重だった。

もしもう一度見るとしたら、ヨーロッパに行かないと・・・

水曜日, 2月 13, 2008

white snow land


今年の冬は例年になく寒く、雪が降る日も多い。

東京でも雪が積もることがあったが、蓼科でもすごい。

久しぶりの大雪だそうだ。


← 近くにある氷曝(ひょうばく) 滝が凍ったもの。






たっぷり雪が降った後の朝はとてもきれい。

親切がふわふわのお菓子のように見える。

雪が回りの音を吸収するのか、しんとして静かな音のない世界が広がる。





景色を堪能したら今度は雪かきをしないといけない。

これがまた大変で、しばらくすると暑くて汗もかいてくる。



雪国の人の苦労が身にしみる。
老人になってくると足腰が心配だし、余計な労力と経費がかかる。

それは自治体も一緒だろう。
特に公道は、雪が積もる瞬間から除雪しないと途端に市民生活のための足もなくなるわけだから。





この週末は雪が降った後はきれいに晴れ、暖かくなったので八方台に出かけた。


ここは八ヶ岳の登山口をちょっと入ったところ、小高い見晴台のようになっていてちょうど目の前に八ヶ岳と南アルプスの山々が見えるところである。




歩きだしてから八方台までちょうど30分ぐらいの登りなのだが、やはり雪が多いので歩きにくかった。

でも真っ白なきれいな雪を踏みしめながら、のんびり歩くのも楽しい。





帰りはテラス蓼科の露天風呂から、またまた美しい八ヶ岳と夕日を堪能。

冬の静かな雪の日の蓼科は素晴らしい。

木曜日, 2月 07, 2008

冷凍ぎょうざ


先日冷凍ぎょうざを食べた。
とはいえ、半年前に自分で作ったぎょうざ。
とってもおいしかった~


最近話題の冷凍ギョーザ。

(なぜか新聞各紙は、餃子はカタカナ表示で「ギョーザ」。)




冷凍食品を買ってこなくても、余裕のある時に自分で大量に作って冷凍保存しておけば、結構いけるもんです。

日頃忙しい子育てしているワーキングマザーにはきついかもしれないが、自分で出元のわかっている食品を使って冷凍したり、酢漬けやオイル漬けにして常備食品を作っておくしかない。



以前から中国からの食品については問題があったので、中国産の野菜などは皆買わなくなったかもしれないが、安いし便利ということで冷凍食品や加工品はつい買ってしまっていたのだろう。


でも、既成の加工食品には保存料や着色料、そして一番良くないショートニングなどの油が使われている。これらの添加物や油は人体には悪影響で、病気を引き起こす慢性炎症を引き起こすといわれている。

「病気にならない生き方」なんていう本もあったが、病気ならないためには身体に良い食べ物と睡眠、ストレスフリーな生き方をすることだと思う。

それを考えれば、多少面倒なことではあるが、既製品には頼らず自分で作っていくことが大事。

まず手始めは保存食を作ったり、おかずになるものを作って冷凍しておいたりすればよいと思うが、そのうちに家庭で食べる野菜を作ろう!ということになる。

そうい連鎖が起きて、日本に自給率が上がるといいのにと思う。



今は中国製の加工食品の安全性が問われているが、将来温暖化や天災、中国の農民一揆などで輸入がストップされることが多いにありうるわけだから。

行動はすぐに起こせなくても、今のうちの認識を変えておかないと生きてはいけない。

そして準備をしておかないといけない・・・

change mind !

金曜日, 2月 01, 2008

熊野詣とおひつまぶし



翌日も良く晴れて青空がきれいだったが、気温は低く寒かった。



でも、熊野市から新宮に向かう42号線は、途中七里御浜という長い長い浜辺の横を走るのでドライブは快適。白い砂浜が続いていたり、やしの木があったりして南国の様相である。




まずは、自然の岩がご神体の花の窟神社(はなのいわや)という海岸側の神社にお参り。


イザナミノミコトを祀っているが、神殿ななく、岩がそのままむき出しになっている。
とても明るくて、太陽の光と青い空が見える、素敵な場所だった。




その後新宮に入り、熊野三山のひとつ、熊野速玉大社をお参りした後、元宮である神倉神社に行く。


神社は神倉山という小高い山の上にある、ごとびき岩という大きな岩をご神体にしている。山の上なので急な階段を登っていかねばならないがとても眺めがいい。
この急な階段を松明をもって男たちが駆け下り、一番になったものがその年の勇者として讃えられる祭りが御燈祭りと言われ、毎年2月6日に行われる。


去年はこの火祭りを見に行ったのだが、この日は静かで美しい眺めを堪能した。


那智の滝、熊野那智大社をお参りして、本宮側にあるホテルひめゆりに到着。

熊野本宮に行ったら必ず行ってしまうお宿である。
なぜかというと、とーてもお湯がいいのと料理がおいしくて、お値段が安いから。


西日本で最大の露天風呂と和歌山の山海の幸を楽しめるシンプルだけどボリュームある料理がお気に入りなのだ。

温泉を堪能して、翌日は最後の熊野本宮大社をお参りした。
もちろん、両親には熊野古道を歩いてもらった。

なんといっても熊野詣のハイライト、最後の30分を歩けるように、手前の三軒茶屋というところで降ろしてあげて本宮で一緒にお参りした。

そして、もともとの本宮のあった場所、大斎原(おおゆのはら)も訪ねる。
以前はこの場所、熊野川の側に大社は建てられていたのだが、明治時代の大水で今の場所に移ったそうである。

いつ訪ねてもよい気の漂う場所だ。
熊野川の流れも穏やかで、水辺もきらきら光り、とてもきれいだった。

帰りは行きと違う道をということで、本道ではなく山間の千枚田を見ながら熊野市に出る。

千枚田は山の崖にある小さな土地を段々にしているところで、有名な写真スポットらしい。
ちょうどバリにあるライステラスのようなところである。

が、そこへ行くまでの道は、かなり細くて狭くて、対向車が来ないことを祈りながら行く。
なんとか到着したその場所は、素晴らしい場所だった。

宮崎駿の世界というのか、おとぎの国ような感じもする。
水を張った緑の頃はさぞか美しいだろうと想像する。


熊野市に出ると今度は海側の道を行って楯が崎という変わった岸壁を見に行こうということになり、311号線という県道を走ったのが、ここがまたすごい道。海岸線を縫うように走る道で、車1台がやっと通れるようなところばかりでかなり神経を使う。でも景色は最高に美しかった。


そんなこんなで名古屋についたのは18時半ぐらいだっただろうか。


久しぶりだったので、熱田神宮側の蓬莱軒のおひつまぶしを食べた。
土曜だったせいか、すごい人にびっくり。
20分待ちだったけれど、あっという間だった。




すごいボリュームだったけどおいしかった~




1杯目はそのまま、2杯目は薬味入り、3杯目はお茶漬けで食べるというのが流儀。


味は濃い目だけど、おいしかった。






帰りの新幹線はほとんど爆睡状態であっという間に東京に到着。
今回は3日間、ドライブの多いハードコースだったけれど、両親と一緒に旅ができてよかったし、うなぎでしめたので、なんだか元気かな!もちろん、神様のいる場所をたくさん沢山訪ねたのでパワーアップして帰ってきたような気がする。

これで今年も1年いけそう!