Great Halloween Party



プライバシーがあるので写真は載せられないけれど、こんな感じで夜が更けるまでワインを飲んでました。
今という一瞬を思いっきり大事に生きたいと願う人のためにいろいろな経験や感じたことをシェアしたい、そんな気持ちで始まったブログ! - Carpe Diem




←横谷観音より
紅葉の蓼科に行った。
今年は早いのか遅いのかよくわからないが、もみじやさくらなど広葉樹の紅葉はたぶんピークに近いだろうか。
夕方に行ったので、柔らかに日を受けて黄色や赤が映える。
標高の高い白駒池の紅葉から始って、先日は横谷観音やビーナスライン。
今は女神湖や蓼科湖まで降りてきている。
蓼科の場合、赤や黄色の紅葉が終わると今度は黄色のカラマツの紅葉が始る。
全ての山を黄色く染めるような紅葉もまたとても美しい。
← 明治温泉から
今年は未だに台風の影響があったり、暖かかったり、寒かったりと、季節がなかなか進まない感じがしていたが、山間では確実に冬に向かっているようである。
先日、シンガポールな長年住んだ方が言っていたのだが、やはり季節がある日本はいい、と。
最初は暖かくて、料理もおいしくて、家にはプールがあったりと感激するのもつかの間、やはり季節のある日本が恋しくなるという。
確かに季節が変わると装いも変わり、いつどこで会ったかなどを思い出すにはいい。
いつも同じ服だと、いつだったか思い出せなくなる。
その代わり、日本いると季節ごとに衣替えするので衣類を洗濯して入れ替えてと大忙しである。
また、部屋のほうも暖房器具を入れたり、インテリアも温かみのあるものに変えたりする。
食べ物も変わる。旬のものを大事にして、寒ければ暖かいものを、暑ければ涼しく感じるものを出すのだから。
そしてその都度、季節に合わせた行事、花見や月見、節句に盆踊りとそれぞれに季節を感じるものがたくさんある。この季節が移り変わるというのは、日本人の感性、日本で生きるにはとても大事なのだと思う。
花鳥風月、季節の移り変わりを自然に感じることが、文化の成熟と継承につながるのだとつくづく感じる。
そして、日本に生まれてよかったなあ、と思うのである。

ずいぶん今年は秋の訪れが早いようだ。
虫の音は美しく、日差しもなんだかやさしい秋の日の変わった気がする。
まだ9月に入ったばかりだというのに、本当に気候が変わっていくのだろうか。
そんななか、最後の夏休みを楽しもうと、先日久しぶりに伊豆高原の友人宅、松本榮一、恭さん宅に滞在した。
いつ行っても素晴らしい環境に感動するけれど、まだ夏の緑が美しく、でも夜はやっぱりひんやりする。
恭さんはとっても料理が上手で、特に自然派の食材や料理にも詳しい。
伊豆は海と山に囲まれているから地のものだけでもすばらしい食材が揃う。
彼女とあ会うときはいつも東京にいるころから、なぜか一緒に料理をして家で食べることが多かった。
食事の趣味が合うというのかな?二人とも野菜が好きなのでいつも野菜いっぱいの料理と、私が好きなパスタ料理になることが多い。もちろんワインも。
そして彼らのうちには温泉がひかれているので、おうちでゆっくりお風呂に入るのもとても楽しみなのである。
今回は1日ドライブしようということで下田に行った。
東京からだとあまりの遠さになかなか行けないのだが、彼らのうちからだ1時間弱でついてしまう。
最後の夏を楽しもうと意気込んで水着を着ていったのだが、台風の影響からか風が強いし、肌寒い。
それでも白浜のビーチにはたくさん人がいて泳いではいたけれど、あまりの風にやっぱり今日はドライブだねと、もう少し先に行ってみた。
海岸沿いのドライブはなかなか快適だ。
すばらしい景観が広がる。
ここはイタリアのカプリ? またはスペインのマヨルカ島?みたいな景観だ。
伊豆高原を出るころは小雨、そのうち曇りで下田あたりは晴れたり曇ったりで風も強かったのが、石廊崎をすぎて南伊豆と西伊豆の間にさしかかったころはすばらしい天気になった。
もう夕方近かったのだが、松崎の近くにすばらしいビーチを発見。
その名も「東洋のコートダジュール」とあった。
思わず、夕方だったけど水に飛び込む。
遠浅で底の砂が見えるくらい水が透き通っている。
そして少し落ちかかった太陽の下を泳ぐのはもう最高。
とてもリラックスして、すべてのことに感謝したい気持ちになった。
東伊豆と西伊豆ではこんなにも気候が変わるのかとびっくりしたが、最後にとっておきのプレゼントを神様
からいただいたような、そんな気持ちになった。
コートダジュールに行かなくても、そんな気分になれる素晴らしい場所だ。
そして、コートダジュールにはない温泉がそこにはあった。
ここらへんは日本らしいところかな?
来年は船を借りて回ってみたいねという話になり、なんだか今からわくわくだ。
日本には素晴らしい場所が、訪れていない美しい場所がたくさんあるんだと感動した。
そして最後のいい夏休みなった気がする。
ほんとに夏は短い。あっという間に終わってしまうんだと思った。

毎年夏にニューオータニで開催される国連協会のパーティに行った。
国連協会の会長が裏千家の大宗匠、千玄室さんなので私もお茶の先生の案内でいつも連れていっていただく。
例年14時から立礼席でお茶をいただき、15時から講演会があり17時半ぐらいから立食パーティとなる。
いつもメインの講演者の前に大宗匠がお話されるのだが、今回は1時間ほどお話された。
今回のお話は、一碗のお茶を持って世界中の方々と交流されている大宗匠らしい、考えさせらる話だった。
最近の世界の中の日本のおかれている状況には厳しいものがある。
特に近隣近隣諸国との関係においてはなかなか大変である。
もうすぐ選挙になり政権が変わるかもしれないが、政治家だけに任せている国民がいけない。
国旗のもとに誇りを持つことは大事であり、他の諸国を見ると皆誇らしくしているのに日本においては、そうする人が少ない。大和魂を持つことが大事ではないか。
大和魂と聞くと「軍国主義?」と反応してしまう方が多いが実はそうではない。
古来の日本においては衣食住、律令などを輸入し、中国、朝鮮の影響を受けてきたが、平安時代から国風文化が花開く。その頃に書かれた源氏物語の乙女の巻に大和魂のことが書かれてある。
天皇の資質としてどんなものがあるかという件らしいのだが、「和魂漢才」(和の魂を持って外のものを取り入れる)がいいとしている。
まさにこれが大和魂、和を心を持って外のいいものは取り入れようという姿勢がいいということ。
そして複雑化する国際状況の中で、本音を引っ張り出すものは「文化」である。
わかりあえないときにでも、まず一杯のお茶を差し出すところから交流が始るのではないか。
要約するとこのような話だった。
特攻隊の要員として出陣待機されていた大宗匠がおっしゃる言葉だから重みがある。
おそらく明治時代に「和魂洋才」として西洋のものはどんどん取り入れようという動きがあり、戦争というあらぶる行為の中にその精神を使われてしまったので、どうしてもナショナリズムの代表みたいに短絡的に理解してしまうのである。
本来の精神、優れたものは取り入れるけど、和の心は忘れてはいけない、ということを覚えておかなければならない。
本来の意味を忘れないように、そして伝える努力をしていかないといけないと思った。
ちなみにwikipediaには大和魂のことは以下のように書かれてあった。
大和魂(やまと-だましい)は、外来の学問・知識を日本に採り入れる際に必要な判断力・能力、または情緒(もののあはれ)を理解する心などを指す用語・概念。右記に示すとおり、性格・能力・品性もしくはそうした性質そのものを指す極めて広い概念・用語である。
平安時代中期ごろから「才」「漢才」と対比的に使われはじめ、上記のような諸内容を包含するきわめてひろい概念であったが、江戸時代中期以降の国学の流れのなかで、「漢意」と対比されることが多くなり、「日本古来から伝統的に伝わる固有の精神」「万邦無比の優れた日本の精神性」「日本国家のために尽くす清い心」といった誤用がむしろ主流となっていった。この傾向は明治時代以降、ナショナリズムや民族主義の興隆とともに過剰な意味が付与されるようになり、第二次世界大戦期には軍国主義的な色彩を強く帯び、現状を打破し突撃精神を鼓舞する意味で使われることが主となった。そのため日本の敗戦後は、日本の文化・思想界の主潮流から追いやられている。
ただ、和の心とは実際何なのか?外国人から聞かれたらどう伝えるのか?という問いには、具体的に答えることがどれを見ても難しい。
平安時代に認識されていた情緒を理解する心、日本固有の心、日本文化を愛する心といえばいいのかな。
特定するのが難しいが、日本に生まれて、また日本にかかわって感じた、その人自身の心というのが一番いいだろうか。

今日は46年ぶりに日本で皆既日食が見られる日。
朝から雨模様だったので無理かなあ~と思っていた。
東京では9時55分から欠け始め、11時12分に最大になり、といっても7割ぐらいまでなので部分日食である
トカラ列島や屋久島、悪石島では皆既日食が見れるということで観測者がつめかけている。
先週、そういえばもうすぐ皆既日食と思い国立天文台のホームページを覗いてみると、なんとインドや上海でも皆既日食は見れたそう。
あまり気にしていなかったのだけれど、さすがに近づくとやっぱり!と思い、日食グラスを買いに行くとすでにどこも売り切れ。雑誌の付録にもありそうなものなのだけれど、このグラスで見ないと失明の危険性もあるとのことなので、残念だなあ~と思っていた。
が、今日は曇り。
逆に日食グラスがなくても見ることができた。
ずっと曇天が続いていたのでどうせ見れないだろうと思っていたのだが、外から歓声が聞こえたので窓の外を見ると、雲の合間からほんの少しの間見ることができた。
ちょうど11時11分だったので、東京では最大のときだったようだ。
あっという間に消え去ってしまったけれど、なんとなく寒い感じがした。
そして今はいつものようにムシムシした暑さも戻ってきた。
太陽のパワーってすごい!
硫黄島近海で取られたコロナも見える皆既日食の写真はこちら
http://www.pr-naoj.jp/eclipse2009img/index.html

久しぶりにピアノを聞きに上野の文化会館に行った。
上野という場所は私のいるエリアからはちょっと遠いけれど、文化施設が集合している。
大好きな国立博物館もあるし、絵の展覧会もあるからたまに出かける。
でも平日の夜のコンサートはちょっと遠かった。
文化会館の大ホールで中村紘子さんのピアノコンサート。
文化会館は古いホールだけれど、雰囲気がとてもいい。
中村紘子さんといえば、とっても有名。
チャイコフスキーコンクールの審査員をていたり、日本で女流ピアニストといえばまず思い浮かぶ名前だし、そのキャリアたるや、なんとデビュー50周年だそう。
今回はピアノ協奏曲なので、東京交響楽団との競演で大友直人さんの指揮だった。
大好きなラフマニノフの2番を演奏するというのと、なんとなく彼女のピアノを聞かなくてはと思った。
彼女は大きな蝶の柄が印象的な真っ赤なドレスで現れ、とても華やか。
久しぶりのクラッシックのオーケストラ。
最初にコンサートマスターが音合わせをするときから、バイオリン、ヴィオラなどのハーモニーを聞くだけでその音色になぜか涙が出た。
本当に生の管弦楽を聞くのが久しぶりだからなのか、その和音というか合わさった音が染入るという感じ。
最初の曲はモーツァルトの「戴冠式」という曲。
とっても軽快で華やかな感じが彼女のタッチにとっても合っていると思った。
2番目の曲は1962年に書かれた日本の作曲家の曲だ。
とても激しくて前衛的で、ちょうどこの時代に流行ったんだろうな~という感じがしたが、激しいキータッチのために彼女は全身を飛び上がらせて弾いていたのがすごい。
休憩をはさんでラフマニノフのピアノ協奏曲の第2番。
本当に大好きな曲でよく聞いていたのでとっても楽しみにしていた曲。
いつもカラヤンの指揮でリヒテルのCDを聞いていたのでほとんどのフレーズは覚えている。
だからか、やっぱりこの激しい曲はちょっと彼女には合わないのかな~と正直思った。
とにかくリストと並んでラフマニノフという人は卓越した技巧を持ったピアニストでもあったので、かなり演奏が難しく激しい。強さと速さを持たないとついていけないし、協奏曲なのでオーケストラとの掛けあいみたいなやりとりがなかなか大変。
印象としてはやはり若くてエネルギーがないとできない曲もあるのかな?とふと思った。
とはいえ、全身を使いこの曲に立ち向かっていた彼女に感動。
50周年という長いキャリアに報いた曲というのか、ここまでやった~!という感じで会場は拍手喝采だった。
そうそう、私はいつもラフマニノフの2番の第3楽章の最後、フィナーレのところを聞くといつも鳥肌がたつ
。なぜか?パブロフの犬みたいな条件反射みたいて不思議なのだけれど、いつもそう。
50周年ということで記念のCDを出したり、リサイタルをしたりと精力的に活動している彼女はとても素敵。50周年ということはおいくつぐらいだろうか?素晴らしいことである。