金曜日, 1月 30, 2009

白波五人男 -海老蔵の弁天小僧




遅くなりましたが、先月の新橋演舞場の新春花形歌舞伎のお話。


今年最初の歌舞伎。



いつもの歌舞友と新年のご挨拶を交わし、今回はちょっと奮発して桟敷席に向かう。



桟敷といっても、、一番奥の端、花道の反対側の席である。



いつもの歌舞伎座2階のだらしなシートに準ずるぐらい、いい感じにゆるゆるできるシートだった。



席はやはり畳で掘りごたつ式なっており、暖かいお茶の魔法瓶が置いてある。


見晴らしはとてもよかった。


1階席の座席のひとつ上に位置するので、すべてを見渡せる感じである。





今回は花形ということで、若い役者さんたちばっかりで構成されている。


もちろんお目当ては、海老蔵で、今回は彼が白波五人男の弁天小僧を演じるということである。




弁天小僧というのは、有名な盗賊なのだが、最初に呉服問屋に娘の格好で行くところから始まる。

盗賊だから、因縁つけて店の金を騙し取ろうとの計略でそのような格好をしているのだが、その後男であることがばれて、娘の着物を脱いで行く。




男なので、娘の着物で股を開いたりして大口をたたくのが面白い。相棒の盗賊は中村獅童が務めていたのだが、やはり海老蔵の娘はでかい!の一言。相棒よりでかいのだ。




以前見た菊の助(尾上菊五郎と富司純子の息子)の弁天小僧は、もともと女形ということもありとてもかわいくて、見破られた後もなかなかかわいい~感じの男だった。




海老蔵の場合はなんだか最初からばれてる・・みたいな娘で面白かった。




結局この白波五人男たちは追われるのが、稲瀬川の土手で一人ずつ名乗りをあげる。


ここも日本の戦らしい。




まずは一人ずつ名乗りをあげてから、戦いが始まるのだ。




その後は捕り物帳という感じで、弁天小僧はお寺の屋根のてっぺんで立ち回りをたくさんやるのが活劇っぽくてよい。最後はなんだか屋根が高くなって、落ちて死んじゃうのだけれど、ぎりぎりまで屋根にぶら下がっていたので、あの位置から落ちると結構な高さなのでは?と想像する。




舞台の上でもぎりぎりのアクションがあるとお客さんもどきどきして楽しい。




これで弁天小僧は死んでしまったので、最後の幕は盗賊の棟梁、日本駄右衛門を討伐するお殿様役で海老蔵が出てきた。


武者人形のような出で立ちが素敵だ。




やっぱり海老蔵は、若武者のような高貴な格好がとっても似合う。


最後のおまけみたいな感じだったけれど。




新年の楽しい活劇風の舞台はとても楽しかった。


16時半から始まって21時すぎまでの舞台だったので、5時間近くの舞台である。


らくらく桟敷だったから、大変だとは思わなかったが、なかなかの長丁場。

その間にお弁当食べたりするからだけど、歌舞伎って楽しい娯楽だな!と改めて思う。




そうそう、この白波五人男の稲瀬川での口上は、その型が今でも受け継がれているとか。


私の時代は「ゴレンジャー」


赤、青、黄色、緑、ピンクだっけ?


確か変身するときに、それぞれ口上があって変身してたかなあ~




古典芸能の型を踏襲するなんて面白い。


今は「ゴオンジャー」だっけ?

姪っ子の大好きなヒーロー系だけど、昔も今も変わらないのかな?


チェックしてみよう!

奢れるものは久しからず - toshi yoroizuka

昨日は友人宅へディナーのお呼ばれがあり、デザートのケーキを買っていくことに。

ちょうど大江戸線に乗るつもりだったので、ミッドタウンに寄って大好きなジャンポールエヴァンのチョコレートケーキを買ってから行こうかとミッドタウンを歩く。


1階の広場を通ると、いつもめちゃくちゃ並んでいるケーキやさんに人がいない。

ご存知の人も多いと思うが、川島なおみと婚約したとか?いうパティシエのお店。


並ぶのが大嫌いな私としては、好都合。

物珍しさもあるので、お土産にはちょうどいいと思ったのでお店に入ってみた。



並んではいないけれど、ドアの前には整理をする人間がいて、右奥へ行けと案内されたがいまいち列が出来ているわけでもなく、入った順らしい順番で注文。


すると、いつもの会話、大体デパートの食品売り場で繰り広げられるあの会話。


「お持ち帰りのお時間は?」


まあ、長めにいっとこ!とこちらは思い


「2時間ぐらい」


するとすごい顔をして


「そんな時間はとーても持ちませんわ。当店のケーキはぐちゃぐちゃになってしまいます~」

「どんなに長くても1時間半が限度です~」


「・・・・・」


「どうされますか?いいんですか?」


とたたみ掛けるようないやな、言い方だ。

人間どんなに気取ったって、顔に表情に内心が表れるもの。


奢れるものは久しからず



という言葉が浮かぶ。


どんなに栄華を誇っていようとも、その状態に慢心して謙虚さに欠けていたりるすると必ず滅びる、長くは続かない、という平家物語にも出てくる、栄華盛衰の意味。




ちょっと買い物して帰る人とか、千葉や埼玉、八王子の奥なんかに住んでる人は持って帰れないというわけ。


だったら、店に張り紙でもしとけ!と思ってしまった。


「当店のケーキは2時間以上は持ちませんので、あしからず!」


人にはものの言い方というものがあるもの。

毎日たくさんのお客さんを前にしていると、そんな慇懃無礼な言い方になるのだろう。


同じ内容でも人を思い遣った言い方もあり、お客さんの印象もぜんぜん違うことになる。

ここが長く続く老舗との境目になるのでは?と思った。

この慇懃無礼な感じはミッドダウンのB1のケーキやさん、aokiでも感じたことだけど。


不愉快な思いはしたけれど、「人のふりみて我がふりなおせ」ということで、いつも謙虚で人を思い遣ることの大事さを知ったような気がする。



月曜日, 1月 26, 2009

2009年のお伊勢参り






2009年の伊勢参りに行ってきた。

今回はお伊勢さんをさくっと参るということで、東京から夜行バスで行き、帰りは名古屋から新幹線で帰るというプラン。

夜行バスは寝れないときついとは思うが、私の気に入り。
東北への山登りのときもお世話になるが、結構快適である。



3列しか席がなく、飛行機のファーストクラスのシートのような感じで寝ることができる。
揺れに関しては、まあ激しいけれどいつもなんとなく着いてしまう。


前日の22時20分に池袋駅を出発し、翌朝7時には伊勢市駅前に到着。

冬型の気圧配置で、かなり冷え込んだ朝だったが、雲ひとつなく清清しい日だった。

伊勢市から外宮(げくう)までは歩いていける。
まずは早朝の外宮参拝をする。
早朝ということで人はまばらで、手水の柄杓や水が少し凍っている。
氷点下まで下がったからだろうが、冷たい水で手を清めると身が引き締まる。


本殿の横には、遷宮地といって20年毎にお社を移すための場所があり、小さな祠がひとつあるだけの場所なのだが、いよいよ平成25年の式年遷宮に向けて、塀が作られその小さな祠を見ることはできなかった。

そう、今が平成21年なのだからあと4年で新しいお宮に生まれ変わるのである。
すべてを新しく作りなおすという儀式、習慣は、日本の文化の随所に見られるように思う。

箸などはひとつの例であるが、大事なお客様にあればなおさら新しいものを使うし、新年、年が変わるときに新しいものを使ったりする。

着物の糸をほどいて作りなおしたり、漆を塗りなおしたリしながら、何代にも渡って大事ににものを使う傍らで、すべてを新しく作りなおすという習慣も共存している。


自分たちのものは、大事に長く使えるようにして無駄をしないようにするけれど、大切な神様や大事なお客様には新しいものをお使いいただく、という心使いなのかもしれない。



その後、近鉄鳥羽線のローカル線で40分ほど行った上之郷という駅近くに「伊雑宮」(いざわのみや)という神社にお参りする。小さな杜の中にある神社であるが、伊勢神宮を建立した倭姫命に縁のある神社ということで、6月にはお田植式という行事を行うための神田が隣にある。

あまり知る人はなく、いつもひっそりしているところである。

この時間になると日が差してきてとても暖かくなってきた。

暖かな日差しの中でお参りを済ませてから、近鉄で五十鈴川の駅まで戻り内宮(ないくう)へ向かう。

内宮はいわゆるお伊勢参りの人たちでごったがえしていた。
すごい人数である。
観光バスで大量の人が現れ、そしてたくさんの家族連れの人々。
車も渋滞していたし、鳥居から続くおかげ横丁はすごい人。

もちろん本殿に続く階段は人でいっぱい。
横の仮拝殿での参拝は比較的人が動いていたので、早くお参りできたけれど、こんなに人がいるのは、今まで参拝した中では初めてである。

江戸時代にタイムスリップ?おかげ参りはこんな感じだったのだろうか。
世の中が不安だから、神に頼む人が増えるということかとふと思った。

いつにない人の波をかきわけ、おかげ横丁で昼食をとった。

伊勢うどんという真っ黒い醤油のかかったうどんが伊勢の名物なのだが、私ととしてはおつゆの入ったおうどんが好きなので、食べた経験は1度ぐらいだっただろうか。

今回は、選り好みもしていられないので、伊勢うどんの肉入りというのを食べた。
これが以外においしい。
肉を入れたほうがこのおうどんはおいしいんだと再発見。

ビールを飲んで直会(なおらい)ということでランチを堪能。


その後、おかげ横丁をぶらぶらして、またいつもの造り酒屋を訪れる。

直会と称して、伊勢地酒の「おかげさま」と「老緑」というお酒を半合ずつ飲んでいい気持ち。





そうそう、昨年は製造年月日の偽装で一時閉鎖に追い込まれた赤福本店はすごい人だった。
本店では出来立ての赤福とお茶をいただけるのだが、例年だとすんなり入れるところが長蛇の列。
お土産販売も並ばないと買えない有様。

これぞ災い転じて福となす、というのか。

いろんなトラブルに遭遇することはたくさんあるけれど、その時誠実に接してちゃんと謝罪できるかで、ずいぶん違うものだと実感した。

あの頃話題になった船場吉兆の例を考えると肯ける。

私は名古屋駅の新幹線で買ったからOK。

本店で買ってもパッケージは同じなのだからいいじゃないと思う人もいれば、遥々伊勢まで来たのだから本店で赤福買わないと!っていう人もいる。

おかげ横丁がにぎわうのはいいけれど、お参りは静かにしたいものである。